君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー

傷物の令嬢

「骨折はしていないな。軽い捻挫だ」

 動物病院の診察台には、もうすぐ一歳になる真っ白な雌のチワワが乗せられている。名前を〝あずき〟という。

 診察をしているのは五十代くらいの男性獣医師で、この病院の院長だ。
 あちこち触れられて、遊んでくれていると勘違いしたのだろう。あずきの小さな尻尾は小刻みに振れ、くりくりとした大きな目には明らかな好奇心を宿している。

「折れていなくて、よかった」

 思わずそうつぶやいた私に、先生は不快そうな顔をした。

「そうはいっても酒々井さん。この子が飼い主の不注意でここへ来るのは初めてじゃない。前には骨折や肉球の火傷、それから誤飲もあったな。もっと気をつけてやらないと」

「は、はい。すみません」

 口調は少々きついものの、先生がなにより動物を愛しているのは何度も通って十分にわかっている。必要であれば客である飼い主に苦言を呈すのもためらわない姿勢に、私は大きな信頼を寄せてきた。

 度重なるあずきのケガや体調不良に、これまでも先生から注意を受けていた。そのときの話の流れで、私はあずきを預かっているような関係でしかないと事情を打ち明けてある。

 この子の本当の飼い主は、都と史佳だ。どちらかの思い付きで、ある日突然なんの準備もないままあずきを連れ帰ってきた。
 彼女たちは気まぐれであずきをかわいがるだけで、食事やトイレなどの世話はまったくしない。チワワを飼う上での注意事項も、いっさい知らないだろう。

 ケガを負ったときは私に押し付けてくるし、普段からよく見ていないせいで体調不良にも気づかない。
 狂犬病の予防接種も、放っておいたら打たないまま放置する。もしかしたら、注射が飼い主の義務であると知らない可能性すらあった。

 生き物を相手にさすがに放置できず、あずきの世話は私がやっている。こうして病院へ連れて来るのも、もちろん私の役目だ。

 さすがに先生も家庭の事情にまでは口出しできないが、あずきを取り巻く環境をとにかく不安視している。
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