君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
 ここへ来るときは緊張しきっていたのに、途中からは猫たちのおかげですっかりリラックスできた。
 あの子たちを見守る彼の視線がとにかく柔らかくて、私も穏やかな気持ちになる。

 彼とならきっと幸せになれる。そんな明るい予感を胸に帰宅すると、玄関まであずきが駆けてきた。
 史佳が室内で放して遊んだのだろう。その後ゲージに戻すのが面倒になって放置したのだと、普段の彼女の行動から想像がついた。

 前にあずきは、同じような状況で玄関から脱走した経験がある。そのときは危うく事故に遭いかけた。必ずゲージに戻してほしいと繰り返しお願いているが、そのひと手間を守ってくれた試しはない。

 あずきを抱き上げて部屋に向かう。
 史佳の無責任さを内心で嘆く私をよそに、あずきは熱心に匂いを嗅いできた。

「ネロとつくしに会ってきたのよ」

 話しながらエサを用意する。

「あずきは楽しく遊んでもらえた?」

 ゲージの中で一心不乱にエサを食べる様子を見つめながらつぶやいた。

 私が結婚をしてこの家を出たら、この子はどうなってしまうのだろうか。

『面倒だから、そういうのは亜子がやって』

 史佳はあずきを飼いはじめたその日に、私に向けてそう言い放った。その言葉通り、彼女はエサやりもトイレ掃除も一度もやったことがない。

 使用人にお願いするにも、史佳か都が指示を出さなければ勝手には動けない。あの人たちはそれすらしない気がする。

 私がいなくなったら、あずきには酷な生活が待っているのかもしれない。それが容易に想像ができるのに、なにもできなくて焦燥感に襲われる。
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