君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
 史佳に気味悪がられた過去が脳裏によみがえる。
 彼女につられて、周囲からも『気持ち悪い』『グロい』と散々言われてきた。
 最終的には、周囲から孤立させられるところまで追い詰められている。その原因となった傷跡を見せるのは、私にとってかなり勇気が必要だった。

 なかなか決心がつかず、彷徨わせていた手を隣から晴臣さんが握った。

「無理はしなくていい」

 その言葉に、弥生さんがハッとして身を引く。

「ごめんね、亜子ちゃん。私ったら配慮が足りなくて」

「い、いいえ」

 彼女の言動は、私にとってまったく不快ではなかった。ただ過去の辛い記憶に囚われて、私が一歩を踏み出せなかっただけだ。

 大丈夫。弥生さんは史佳とは違う。
 晴臣さんに向けて小さくうなずくと、彼はそっと身を引いた。

 わずかに震える手で、ゆっくり前髪をかき上げる。
 さすがに弥生さんの方を見られなくて、瞼をぎゅっと閉じた。

「亜子ちゃん」

 どれほど時間が経過したのか、緊張しすぎてよくわからない。
 髪をかき上げていた腕にそっと触れられて、ピクリと体が跳ねる。
 恐る恐る目を開くと、弥生さんは私に向けて優しく微笑んでいた。

 手を離した弥生さんが、「見せてくれてありがとう」と瞼を伏せる。

「こんな大ケガだもの。すごく痛かったはず」

 彼女の労わる口調に、思わず瞳が潤む。

「たくさん嫌な思いもしたでしょうし、辛かったわよね」

 弥生さんがそっと私の左手を握る。その温もりがあまりにも優しくて、こらえきれなかった涙が頬を伝った。
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