君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー

つかまえたい人 SIDE 晴臣

 初めて訪れた絢音屋の本社は、若手の活気があって好感が持てた。
 しかし社長は癖のある人で、父や祖父から聞いていた先代とは違う考えの持ち主のようだと早々に察した。

 一見すると彼は俺に対して下手に出てはいたが、傲慢な本性がわずかな会話から感じられる。自分より若い相手に頭を下げることに不満があるのだろう。それを悟られてしまうところに、この人物の力量が透けて見えた。

 三崎商事にとって、絢音屋は正直なところまったく重要な相手ではない。
 それにも関わらずこの会社を特別に取り立てて、役職に就いている自分が担当するにはわけがあった。

 俺の祖父が若い頃、突然の体調不良に襲われて道端で意識を失ったという。そこにたまたま居合わせた絢音屋の先代社長が的確に対応してくれたおかげで、祖父は一命を取り留めた。

 ふたりはずいぶん気が合ったようで、それからプライベートでの付き合いがはじまる。そこで祖父は、助けてくれた人物の立場を初めて知った。
 祖父が絢音屋との取引を決めたのは、恩返しという意味合いが強かったのだろう。公私を混同するのはどうかと思うが、祖父にとって恩人の存在はそれほど大きかったようだ。

 そんな私情ではじまった関係のため、ほかの社員に迷惑をかけられないとの配慮から、絢音屋は祖父自らが担当していた。
 それ以来、父や親類など事情を知る三崎の血筋の者が絢音屋の担当を引き継ぎ、いよいよ俺にその役割が回ってきた。

 祖父らの出会いからずいぶんと時間が経ち、絢音屋の先代社長はすでに他界されている。二社の関係がこうして今でも続いているのは、うちの祖父が健在なのが大きい。
 あの人は未だに命を救ってもらった感謝を忘れておらず、一線を退いても絢音屋に関してだけは口を挟む。
 それ以外の面で口うるさいわけではないため、俺も社長を務める父もある程度は受け入れてきた。

 けれど両社はもう代替わりしているのだ。これからは恩人としてではなく、一取引相手として見ていくべきだと、俺は考えている。
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