君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
 次に会ったときには、誤解を解いて謝罪をしたい。
 そう思っているときに限ってまったく出会わないのがもどかしい。
 いや。彼女の方が俺を避けていたのかもしれない。

 お互いの連絡先などまったく知らず、もっと早くに動きだすべきだったと何度も後悔した。
 もう二度と会えないかもしれないと気分が沈んでいたが、今俺の目の前にはまさしく彼女だと思われる女性が歩いている。

 瞬きも忘れて目で追う。ビルの入口を曲がったところでチラッと見えた横顔は、間違いなく俺が想いを寄せる人だった。

 足早に外へ出たところ、彼女が立ち止まっているのに気づいて俺も足を止めた。
 彼女の視線の先には、つい少し前に社長室で見かけた秘書の酒々井史佳がいた。社長からは娘だと紹介されている。

 史佳が不機嫌な顔で足を蹴り上げる。そこにドロドロに汚れた小さな猫がいると気づいて目を疑った。
 
 史佳が立ち去るのを待って、彼女は慌てて駆け寄った。汚れるにもかまわず、躊躇なく子猫を抱き上げる。そうして子猫の状態を確認した後に、周囲を見回した。
 おそらくタクシーを探しているのだろう。あいにく空車は走っておらず、彼女は途方に暮れていた。

 今を逃したら、彼女と二度と会えなくなる。
 考える間もなく、俺から困り顔の彼女に声をかけた。そのまま明らかに戸惑う彼女を若干強引に車に乗せて、いつも世話になっている動物病院へ向かった。

 後のやりとりで発覚した、亜子も酒々井社長の娘だという偶然にはさすがに驚いた。姉妹といっても、外見はあまり似ていないし、性格も対照的なようだ。
 妹の史佳にあの場で声をかけなかったのは、それほど関係がよくないからだろうか。

 史佳の横暴な態度には腹がったが、子猫を助けられたのは本当によかった。
 そして、これをきっかけに亜子とのつながりができたのは幸運だった。この降ってわいたチャンスを、俺は無駄にするつもりはない。

 そう意気込んでいた矢先に、思わぬところから横やりを入れられた。
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