君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
 祖父と父に呼ばれて社長室に向かう。
 ふたりはリラックスした様子でソファーに座っており、仕事の話ではないのかとわずかに気を緩めた。

「酒々井史佳さんとの婚約、ですか?」

 しかし告げられたのは想像もしていなかった話で、さすがに困惑する。加えて大きな不快感を抱いた。

 縁談を酒々井家側から持ち掛けてくるところに、俺を見下しているのがよくわかる。会社の力関係を考えたら、おいそれと言えた話ではない。
 祖父の代の恩を最大限に利用する。酒々井社長のそんな卑しい思惑が透けて見えるようだった。

 絢音屋の社長室での様子を思い起こす。
 仕事中にも関わらず、酒々井史佳は俺にやたらと媚を売るような視線を向けてきた。
 それに対する不快感を隠して穏便に対面を終えたというのに、間を開けずこんな横暴な話を平気でしてくるとは信じられない。もちろん、受け入れられるものではなかった。

 そうでなくても、俺には想いを寄せる女性がいる。だから迷いなく父に断るように伝えた。

 だが、祖父が待ったをかける。
 若い頃よりずいぶん性格が丸くなった祖父は、酒々井の先代を頻繁に懐かしみながら『あいつがいなかったら、自分はとっくに死んでいた』と、これまで何度も話していた。

 そんな祖父から、これが最後の恩返しだから応えられないかと問われたら、答えは決まっていても心苦しくなる。

 会社同士のつながりを盾に取ったようなまねはしたくないが、史佳との縁談を逃れるにはこの提案しかない。
 わずかな後ろめたさを感じながら、ふたりに姉である亜子さんについて話して聞かせた。
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