君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
「酒々井社長には、亜子さんという娘もいる」

「ああ、そういえばそうだな」

 父は彼女の存在を把握していたようだ。

 こんなかたちで彼女に近づくのは、俺としては不本意だが仕方ない。
 父と祖父を味方につけるために、亜子さんとの関係と自分の気持ちを明かす。その上で、「相手が亜子さんなら応じる」とした。

 父はなにも言わずに、楽しそうに俺を見てくる。

「それはいい! 晴臣の気持ちを無視してまで話を進めるのは、わしも気が引けたからな」

 祖父は相手が酒々井の人間ならば満足なようで、手放しで喜んだ。

 祖父が退出して父とふたりになる。
 正面から向けられる意味深な視線を受け止めながら、ゆっくりと口を開いた。

「酒々井寛大は、人格者だった先代とはずいぶんと様子が違う」

「ほおう。どんなところが?」

「傲慢で、こちらを明らかに見下している」

 父も今の社長と面識があり、彼の人柄を当然わかっているはずだ。

「恩はもう十分に返してきたはずだ。だから今後は、絢音屋に対する配慮は必要ないと考えている。もちろん突然関係を切るような真似はしないが、必要以上に優遇もしない」

「それがいいだろうな」

 やはり父も、彼に対して引っかかるものがあったのだろう。

「わかった。晴臣の思うようにしていい」

 言質を取ったと満足して、ソファーを立ち上がる。
 そうして父に背を向けたところで、再び声を掛けられた。

「いやあ、これで母さんが安心するだろうな」

 ガラリと雰囲気を変えた、いたずらな口調に眉をひそめる。
 なんの話だと振り返ると、父はニヤニヤと笑っていた。

「いつになったら結婚する気かと散々やきもきさせておいて、弥生のところから子猫を引き取っただろ? それを聞いて、間違いなく婚期が遠のいたと母さんと嘆いていたんだぞ」

 くだらない話に表情が引きつる。

「だが、これで一安心だな」

 心底安堵した表情を見せられたら、反発する気力は削がれた。

「その猫が出会いのきっかけだと、母さんにも伝えておいてよ」

 そう返した俺に、父はさらに笑みを深めた。
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