君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
「これには天然の絹を使っている。織り方も、重厚感が出るようにこだわったものだ」

 父はすぐにでも三崎家と結婚をさせることを優先したため、さすがに一から仕立てたわけではないはず。おそらく絢音屋の扱うものの中で最も効果で見映えのいいものを選んで、そこにさらに手を加えたのだろう。

 父が、天然の絹ならではの少し黄色みがかった白無垢にサラリと触れる。
 その全体には、銀糸で細かな刺繍が施されている。

 隣にかけられた色打掛は、鮮やかな朱色を基調とている。長寿を願うとされる鶴などの吉兆文様が金や銀で描かれており、こちらも贅を凝らしたものだとひと目でわかった。
 素晴らしいものではあるけれど、あまりにも煌びやかで地味な私に着こなせるのか不安しかない。

「挙式と披露宴でお前がこれを着れば、絢音屋のいい宣伝になる。間違っても粗相するなよ」

「……はい」

 娘の結婚を祝う気持ちなど、この人には微塵もない。ただひたすらに三崎商事との縁を喜び、さらなる絢音屋の利益を追い求めるばかりだ。

「あの」

「なんだ」

 こちらから声をかけたところ、打って変わって不機嫌そうな視線が返ってくる。

「結婚について、史佳が……」

「放っておけばいい」

 不満をこぼしていると、私が最後まで言いきる前に父が遮る。
 彼女の名前を出した途端に表情を大きくゆがめたのは、おそらく史佳が父にも文句を言っているからなのだろう。

「いいか、亜子。お前が都の子でないことは絶対に伏せておくんだ。些細なところでケチをつけられたくないからな」

 母を否定されたようで悔しいが、おとなしく従うしかない。父に対するたくさんの不満は、胸の内にとどめておいた。

「史佳には、私から言い聞かせておく」

 それに彼女が素直に従うだろうか。
 史佳は自分の都合次第で父に媚びてみせる。でも、内心では家族を顧みない父によい感情を抱いていない。それどころか、突然私を引き取ったせいで信頼すらしていないようだ。

「わかりました」

 晴臣さんを失いたくない私は、父に逆らえないことを都合よく利用して承諾する。
 こんなずるい私を知ったら、彼はどう思うだろうか。
 晴臣さんに軽蔑されるかもしれない。そう考えただけで底冷えするような恐怖に襲われた。
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