君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
「あんたなんて晴臣さんにふさわしくないって、何度も言ってるでしょ。私が彼と結婚するべきなのよ」

 私を振り返った彼女の顔は、怒りにゆがんでいた。

 史佳と晴臣さんの出会いはわからない。ただ、彼は仕事で数回父のもとを訪れている。社長秘書を務める史佳なら、遭遇する機会があったはずだ。

「こんな結婚、私がぶち壊してやるんだから」

 おおきく振り上げた彼女の手には、小ぶりのナイフが握られている。
 瞬時に、彼女がなにをするつもりなのかを悟った。

「やめて」

 慌てて駆け寄ったが、一歩遅かった。
 父が絢音屋の威信をかけて用意した白無垢に、ざっくりと刃を突き立てられる。そのまま力任せに下へ引いたせいで、無残にも切り開かれてしまった。

 史佳の蛮行を止めようと伸ばした腕を、乱雑に振り払われる。さらに体を強く押されて、しりもちをついた。

「痛っ」

 倒れざまにテーブルに頬をぶつけて、鋭い痛みが走る。

「あんたなんて、いなくなればいいのに」

 続けざまに白無垢を切り刻んだ史佳は、それから色打掛にも向かっていく。

 父の用意したものに思い入れはない。
 でもこれをダメにされたら晴臣さんとの結婚に暗雲が立ち込める気がして、胸が苦しくなった。

「お願いだから、やめて」

 刃物を持つ史佳には迂闊に近寄れず、手をこまねいている間に二着はすっかり無残な有様になっていた。
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