君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
 こちらに鋭い視線を向けていた史佳だが、ふとなにかに気づいて笑みを浮かべた。
 嫌な予感に、じわりと手が汗ばんでくる。

「そっか。衣装がダメになったくらいじゃあ、代わりを用意されるだけかも。それなら、亜子を人前に出られないように傷物にしちゃえばいいのよ」

「な、なにをするつもり?」

 近づいてくる史佳の仄暗い表情に恐怖して、床に座ったままじりじりと後ずさる。

「こういうことよ」

 彼女が腕を振りかぶるのを見て、ぐっと瞼を閉じた。
 その瞬間、パンっと音がして頬に鋭い痛みが走る。

 目の前が真っ白に染まり、呆然としながら頬を手で押さえる。
 どうやら史佳に叩かれたようだと、遅れて理解した。

 衝撃が去ったところで閉じていた目をそろりと開けると、史佳は私を見て満足そうな笑みを浮かべた。

 きっと、ぶたれた頬は真っ赤になっているに違いない。
 これで彼女は気が済んだだろうかと思いかけたところで、史佳は自身の左手に握ったままだったナイフに視線を向けた。

「こめかみと違って、頬なら簡単には隠せないんじゃないかな」

 明るい声で恐ろしいことを口走る様子にゾッとする。

「や、やめて」

 恐怖に足が震えて力が入らない。

「だ、誰か、来て」

「うるさい!」

 大きな声で助けを求めた私に、史佳が不機嫌に言い放つ。

「亜子さえいなければ、私もママも幸せでいられたの。あんたに全部ぶち壊されたのよ」

「そんなことしたら、あなただってただじゃすまないわ」

 すでに私に危害を加えたことでも問題になるだろうに、さらにナイフを向けたとなればわけが違う。
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