君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
「大丈夫か、亜子」

 ぶたれた頬に、そっと触れられる。彼のひんやりとした手が、熱を持つ頬に心地よい。

「なにがあったんだ?」

 晴臣さんは私を気遣いつつ、父娘の言い争いにも警戒を怠らず視線を送る。

「史佳は、私たちの結婚をずっと反対していて……」

 自身の出自を隠していた後ろめたさに声が震える。

「人前に出られないようにするために、傷物にすればいいと叩かれて。顔の傷はたぶん、倒れ込んで机にぶつけたときのものです。史佳はさらに、あのナイフで……」

 まだ動揺が治まらず、声が震える。
 たどたどしい説明にもかかわらずすぐさま事の成り行きを察した晴臣さんは、私にひとつうなずいて父らの方を向いた。

 中学生のあの日のように、史佳がごまかすのを許してはいけない。ここでしっかりわかってもらわなければ、嘘で乗り切れたとますます勘違いして、彼女はまた同じ間違いを繰り返しかねない。
 それに、私ももう泣き寝入りはしたくなかった。

「酒々井社長、衣装よりも今は亜子です」

 私からあらかたの話を聞き終えた彼は、ヒートアップする父に落ち着くように諭した。
 それからナイフを持ち上げて父に見せつける。

「私がここへ来たとき、史佳さんはこのナイフを亜子に向けて迫っているところでした」

 ここまで言えば、さすがに父も状況を正確に捉えただろう。
 燻る怒りは隠しきれていないが、彼の手にあるナイフを見て父は口を閉じて片方の眉を吊り上げた。

「これは傷害事件ですよ。ましてナイフを向けていたんだ。殺人未遂と言われてもおかしくない」

 父が心配するのは史佳や私についてではなく、自分の立場と婚礼衣装だけだ。それだけに史佳がしでかしたことは事件だとはっきり言われて、あからさまにうろたえはじめた。
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