君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
「亜子はどう思う?」
 
 ふっと力を抜いた彼が、振り返って私に尋ねてくる。
 この場で私を気にかけてくれたのは、晴臣さんだけだ。

 私は頬に軽いケガを負ったものの、ナイフで傷つけられる事態は避けられた。史佳だって、命にかかわるような暴挙に出るつもりはなかっただろう。

 無事だったからこそ言えるかもしれないが、私としては彼女を徹底的に懲らしめたいとまでは思っていない。史佳がなにをしたのかを周囲に知ってもらい、本人がきちんと反省してくれれば今回はそれでかまわない。

 それは紛れもない本音だけれども、同時に身内から犯罪者を出せば三崎家に縁談を断られるかもしれないという恐怖心もあった。
 それはずいぶんとひどい考えだとわかっている。でも、私にはもう晴臣さん以外の人なんて考えられなかった。

「約束してほしいことがあります」

 父に向けてそう言った私に、彼は不快感をあらわにした。

「自分がなにをしたのか彼女がきちんと理解するまで、怒るのではなくて話をしてあげてください。それから家族三人でもう一度向き合って、関係を見つめ直してください」

 史佳に謝罪を要求したところで、さっき私に向けていた憎悪の目を思い出せば心のこもったものにはならないのは明白だ。そんな形だけのやりとりなんて必要ない。

 それよりも、父親として史佳と話をしてほしい。私がいなければ彼女も落ちつくだろうし、そこで父が歩みよれたら今は冷え切っている家族の関係を変えられるかもしれない。

 私の要求に、父が忌々しげな表情になる。
 それでも不利な立場にあるとわかっているからか、これまでのように高圧的に言い返しはしなかった。
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