君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
「亜子」

 晴臣さんに呼ばれて、扉に向けていた視線を彼に戻す。

「ほかにケガはないか? なにか言われたりされたりしていないか?」

 さっきまで凛とした態度を貫いていた彼が、一転して不安そうになる。

「大丈夫です。それより……」

 私が正妻の子ではないと三崎家の人たちは知っていたというのに、どうしてこの結婚を受け入れたのか。
 それを尋ねようとしたが、彼との関係が崩れてしまうのが怖くて言葉が続かない。

「最初に話しておくべきだったな。亜子、聞いてくれるか?」

 うなずき返した私に、晴臣さんは座るように促した。

「これだけは信じてほしい。酒々井社長に婚約を打診されるより前に俺が亜子を好きになったのは事実だ」

 きっぱりと言いきった彼に、うれしさが込み上げてくる。

「うちの祖父は、絢音屋の先代に命を助けられたんだ。それをきっかけに、公私ともに付き合いがはじまった。祖父は今でもあの頃の恩返しをしたいと言っている」

 史佳の話は事実だった。

「本当は次に亜子に会ったら、俺の失礼な態度を謝罪してデートに誘おうと思っていた。だが機会を待っているうちに、恩義を盾にとって酒々井史佳との縁談を打診されてしまった。当然俺は断るつもりでいたが、祖父から恩返しはこれで最後にするから受けてほしいと懇願されて」

 三崎商事の先代にそう言ってもらえるくらい、祖父同士はよい関係を築いていたのだろう。
 板挟みになっていた晴臣さんの苦悩は大きかったようで、話しながら困ったような顔になっている。

「断ることには変わりはなかったが、祖父の気持ちを考えると申し訳なくもなる。そんなとき君も酒々井社長の娘だと知って、結婚する相手が亜子なら応じると俺から申し出た」

 会社の力関係を盾にしたような申し込みになってしまったと、晴臣さんがうな垂れる。
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