君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
 それから晴臣さんは、私を自宅へ連れていくと宣言した通りすぐさま実行に移した。

 仕事の引継ぎはもう目途が着いたため、退職の日までの有休を申請して職場を後にする。
 そのまま彼の運転で酒々井家に向かった。

「そういえば、晴臣さんはなんであの場へ来てくれたんですか?」

 彼の登場は、本当にタイミングがよかった。

「ああ。酒々井社長と約束があったんだが、到着が予定より早かったせいで行き違いになってしまってね。それなら亜子の顔を見に行こうと思ったら、席を外していると聞いて。行き先があの会議室なら俺も顔を出していいだろうと向かった。中から亜子の叫び声が聞こえたときは、肝が冷えたよ」

 彼が来なかったら、いったいどうなっていただろうか。

「助けてくれて、本当にありがとうございました」

「亜子が傷つけられたのは許しがたいが、それ以上にひどい事態にならずに済んでよかった」

 家に着き、すぐに必要最低限の荷物をまとめた。
 都は不在らしく、静かな家の中には私に気づいただろうあずきの鳴き声が響いている。

 今後あずきはちゃんと世話をしてもらえるだろうかと大きな不安に襲われて、手を動かしながら唇を噛みしめた。

「亜子」

 晴臣さんが私の腕を掴んで作業を止めさせた。

「あずきが気になっているんだろう?」

「そ、そろそろ、エサをあげないといけなくて」

 彼にこれ以上わがままを言うわけにはいかず、不自然に目を逸らす。
 私の頬を、晴臣さんが両手で優しく包み込んで視線を合わせてきた。

「亜子がこの家からいなくなった後も、あずきはちゃんと面倒を見てもらえるのか?」

 あの子が動物病院に通っていた理由がケガや体調不良だったと、彼も大まかに知っている。その原因までは話していなかったが、これまでの様子からある程度は予想がついているのだろう。

「それは……」
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