君しか考えられないーエリート御曹司は傷物の令嬢にあふれる愛を隠さないー
 それは晴臣さんも同じようだ。私に目配せをしてきた彼に、しっかりとうなずき返した。

「あなたの言い分についてはよくわかりました。今回の話は、うちの社長と先代にも報告させていただきます」

 父が瞬時に顔をしかめる。

「私たちはこれで。行くよ、亜子」

「待ちなさい。私は許さんぞ。結婚式で亜子には絢音屋の商品を着てもらう」

 声を荒らげる父にかまわず、社長室を後にする。

「晴臣さん、ごめんなさい」

 早足で進みながら、彼に謝罪した。
 今日の父の態度には、彼だってうんざりしているはず。
 今後もあの人との付き合いが続くなんて、どう考えても受け入れがたいだろう。

「亜子が悪いわけじゃないから、謝る必要はないよ」

 それから無言のまま駐車場へ行き、車に乗り込んだ。

「亜子、ひとつ聞いておきたい」

 エンジンをかけた彼が、助手席に座る私の方を向く。いつになく真剣な表情の晴臣さんに、私も身構えた。

「亜子は、酒々井寛大に今でも恩を感じているか?」

 世話になった分を返してこられたのか、正直に言えばよくわからない。
 助けてもらったのは事実でも、私が犠牲にしてきたものも少なくなかった。それは都に言われて渡してきたお金だととか、毎日課された家事の話だけじゃない。私は就職先も済む場所も、結婚さえも父の意見に従わざるをえなかった。
 結婚相手が晴臣さんだったのは結果論にすぎない。たとえ悪い噂のある人や年がうんと離れた人であっても、おそらく私は受け入れてきただろう。

「引き取ってもらった恩は大きいです。でも、酒々井家にはもう十分に尽くしてきました」

「わかった」

 晴臣さんはそれだけ言うと車を発進させた。
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