甘いため息ーーイケないお兄さんは好きですか?
 と心配になるが、和樹お兄ちゃんはジム通いもしていてスタイルが保たれてる。直にアラサーの仲間入りをするが、私と同年代に間違われるくらい月日を味方に付けた年齢の重ね方だ。

 一体、どこが悪いんだろう?
 気付けば、また凝視していた。

「真っ直ぐ前を見て歩かないと危ないぞ」

「お兄ちゃん、どこが悪いの?」

「悪くない。俺は健康そのものーーあ、そうだ、たまに此処が痛くなるかも」

「胸?」

「心臓。バッキューン!」

「……」

「なんちゃって」

 人差し指を向け、無邪気に撃ち抜く真似をする。私は足を止めた。
 2、3歩進んだ辺りで気付き、振り向くお兄ちゃん。

「締め付けられて痛くなる時がある。これって病気かな?」

 お兄ちゃんの肩に沈みかけの太陽が乗って滲む。そのオレンジ色の思わせ振りを暴くには距離がある。手を伸ばせば届きそう、だけど指先を掠めていく感覚を恐れ動けない。

「ーー今日は早いんだね。残業も寄り道もしないで帰ってくるなんて珍しい」

 露骨に話題をすり替えた側を1台が走り抜けていく。マンションに続く坂道はアクセルを踏み込まないと上がれず、煙を吐き出す。

「俺の部屋で正樹と2人にさせられないだろ」

「なるほど。正樹が頼めば定時で上がると?」

「まぁね、可愛い弟だから」

「ついさっき、可愛くないって言ったのに」

「あれ、言ったか?」

「言ったよ!」

 黒い煙を吸い込んだ私の肺は拗ねた言葉を製造する。
 ーーねぇ、お兄ちゃん。
 誰を想って胸を痛めるの? 尋ねられない臆病さを誤魔化す為に。
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