甘いため息ーーイケないお兄さんは好きですか?
 早く帰ってきてーー次に続ける言葉が引っ掛かり出てこない。

 毎晩遅くなるお兄ちゃんに帰宅を促す電話をする、それが私の役目なのに。なんだか交友関係を狭めているみたいで気まずいんだ。

(でも、これは仕事、ちゃんと言わないと)

「和樹お兄ちゃん」

「ん?」

「あ、明日、というか今日も仕事なんだし、早く帰ってきてね。お兄ちゃんが好きなハンバーグを作ってあるよ」

 居酒屋に居るなら食事も済ませているだろう。ハンバーグは口実に過ぎない。

「え、果穂ちゃんのハンバーグ? 食べたい、すぐ帰るね」

 それでもお兄ちゃんは嬉しそうな返事をする。

「う、うん」

「果穂ちゃんこそ明日は早いでしょ? タクシー呼んで帰って。バイト代はいつもの所に置いてあるから」

 側の棚へ視線流せば、茶色の封筒が置かれていた。
 お兄ちゃんに電話をするバイトは1日1万円の報酬が得られ、半年程前からやっている。

 ただ「帰ってきて」と伝えるのを仕事にしていいか怪しいものの、私には背に腹は代えられない事情がある訳で……。

「気を付けて帰って来て」

「うん、ありがとう。果穂ちゃんも気を付けてね」

「それじゃあ、おやすみなさい」

 挨拶して会話を終えた。お兄ちゃんが帰るのを残念がる女性等の気配が纏わりつき、頭を振る。

 さて、お兄ちゃんが戻ってくる前に自分のアパートへ帰ろうか。
 【果穂ちゃん、いつもありがとう】労いが添えられた封筒をバッグへ押し込み、部屋を出た。

 ハイカットスニーカーに足をねじ込み、玄関を開けたら満月が浮かんでいて、はぁぁとため息を吹き掛ける。
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