甘いため息ーーイケないお兄さんは好きですか?
「あ、ついでに冷蔵庫にあるオムライス持ってきて」

「オムライス? そんなもの」

 あった。ドアを開けると2人分用意されている。

「まだ食えるのか」

「兄貴は朝飯にすればいいじゃん。弁当用のおかずもタッパーに入ってる」

 正樹の食欲は呆れを通り越し感心する。果穂ちゃんの周到さもーー以下同文。俺の世話なんて手を抜けばいいのに。一生懸命、手間暇かけられる分だけ期待してしまうから。

 火にかけたヤカンへ湾曲した自分が映り込み、もう少し若ければ純粋でいられるのかなと思う。

 直に三十代。凝り固まりつつある価値観と生活スタイルが他人との共存を面倒に感じさせる。表向きは仕事にやり甲斐を見出しているからと繕うも、上司の娘と付き合ってまでの出世欲は伴わない。

「今更だけど、兄貴はすげぇいい場所に住んでるんだな」

 ベランダに繋がる窓を開けられた気配がする。

「まぁな」

 正樹が見下ろしている夜景を目蓋の裏へ描き、果穂ちゃんの泣き出しそうな顔を思い返す。

(意地悪ばかり言ってごめん、果穂ちゃん)

「社会人は違うなぁ、オレも実家出たいけど家賃が払えそうもないわ」

「どうして実家を出たい? 正当な理由があれば家賃を出してもいいぞ」

「友達呼んで朝まで騒いだり、か、彼女とか出来れば……な? あっ、果穂じゃないぞ?」

「お前は一生実家に居ろ。果穂ちゃん連れ込んだら殺す」

 考えてみれば部屋に招いた女性は果穂ちゃんのみ。キッチンを彼女仕様にされても不快感は覚えないし、なんなら忘れ物をすればいいのにと探してしまう。

「正樹も社会に出れば、こういう部屋を借りられるさ。お前、スピード出世するタイプ」

「殺すと言った後に褒められると怖いんだけど」

 コーヒーとオムライスを抱えリビングにいくと、正樹は行儀よくお座りする。
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