極上の彼女と最愛の彼 Vol.3
「もう毎日毎日大変ですよー。営業って口が上手くないとやっていけないじゃないですかー。でも私『控えめおとなしキャラ』なんですよねー。好きな人が出来ても、告白どころか目も合わせられないモジモジ女子!彼氏なんてまったく出来なくて。それなのに営業とか、大丈夫ですかー?」

えっと、これは…と、吾郎は下を向いたまま、こっそり原口を盗み見る。

原口も、しまった…、と言うように眉根を寄せていた。

ワインを飲んでしばらくすると豹変した安藤は、テーブルに両腕を載せ、酒癖の悪いオヤジのように、呂律の回らない口調でグチグチと話し続ける。

「しかもあんなにおっきなマンションを担当するとか!部長、やっちゃいましたね。私を担当にするなんて、もう大失敗ですよ。この私がですよ?スーパーで1割引きの食材に目の色変えて飛びつくこの私が!ひと部屋何千万のマンションを売れるとお思いですか?部長!」

ダン!とグラスをテーブルに置く安藤に、原口が横から手を伸ばす。

「安藤。そろそろやめとけ」
「いーえ、まだ飲み足りません。飲まないとやっていけませんよ!モデルルームがオープンしたら、私がお客様にマンションを売り込むんですよね?もう酒でも飲まなきゃやってけない!」
「いやいや、安藤。酒気帯び営業はダメだからな?」
「私、毎晩うちでシミュレーションしてるんです。どんなお客様に対しても、とにかく気分良く持ち上げる!テンション高く褒めまくって、お客様にはこのマンションがピッタリ!買っちゃいましょー!って」
「そ、そうか。なかなか勉強熱心だな」
「はい!原口さん、やってみますから見ててくださいね」

は?と固まる原口を尻目に、安藤はグイッと吾郎の方に身を乗り出した。

「都筑様」
「は、はい?」
「都筑様は、本当にお仕事が出来る素晴らしい方です。上質なものを見極められ、本当に欲しいものには妥協しない。男の中の男、ザ・日本男子!そんな都筑様には、このマンションも即決でポーンと買えちゃう大きな懐があります」
「は、はあ…」

突然始まった演説に、吾郎は気の抜けた返事しか出て来ない。

「最初にお会いした時は、なんだかイカツイ強面大男だなって印象でしたけど、話を聞いてたらいきなり飛び出したあのワード!『ペットのワンちゃん』!私、あの瞬間、意外過ぎて、ええー?!ってびっくりしましたよ。イカツイ強面大男が、ワンちゃん?!って」

ちょ、安藤!と、原口が慌てて止める。

「お前、何を言って…。都筑さん、本当に申し訳ありません!」
「い、いやー、いいんですよ。ははは」

吾郎は乾いた笑いで顔を引きつらせる。

(なんだって?イカツイ、強面、あとなんだ?しかも2回言われたな)

「とにかく!都筑様。あなたのような包容力のある方には、このマンションがうってつけです。ひと部屋だけとおっしゃらず、二部屋でも、三部屋でも、じゃんじゃん行っちゃいましょー!」

そう言うと安藤は、バタッとテーブルに突っ伏した。
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