犬神さまの子を産むには~犬神さまの子を産むことになった私。旦那様はもふもふ甘々の寂しがり屋でした~
「二人の姿が見えなくなっても、根が生えたようにその場から動けなかった。そのまま立ち尽くしていると、かくりよの治安を守る獄卒がやって来て捕まったんだ」
「どうして捕まったの?」
「理由は二つ。獄卒の許可なしに常世に立ち入ろうとしたこと。勝手に人間の魂を人間界に帰したことだ。常世は俺たちあやかしも立ち入ることを許されていない。死者だけが住む国だ。俺たちも死んだら常世に行くと言われている」
全ての生き物は死んだ時に常世に行き、そこで輪廻転生の時を待つことになる。
生前に善行を積んだ分だけ早く次の生に転生するが、悪行ばかりしていた時や心残りがある時は、転生出来ずにいつまでも常世に留まることになるらしい。
「常世には常世の決まりごとがある。その中に常世に行こうとする人間を引き止めていけない決まりがある。俺はそれを破ってしまった。そして罰を受けたんだ。あやかしとしては自分の存在意義にも関わる大きな罰だ」
「どんな罰を受けたの?」
華蓮の言葉に春雷は一瞬躊躇ったように視線を彷徨わせたが、やがて
「妖力を……犬神としての力を奪われた。ほんの僅かな妖力は残っているが、今の俺はほとんど人間と変わらない」
「えっ……」
「心配しなくても、子供が産まれた後、君の身体を元に戻して、人間界に帰すことくらいなら出来る。記憶を消すこともな。庭の季節を変えるのと同じく簡単だ。いざというときは、雪起にも手伝ってもらうつもりだ」
「そうじゃなくて……。春雷はそれでいいの? 妖力が無くて辛くないの?」
「たまにもどかしく感じることがあるな。妖力があれば怪我の治りは早いし、老化も遅い。数年くらい飲まず食わずでも生きていられるが、妖力が無いとなかなか怪我は治らないし、すぐに老ける。人間と同じように毎日飲み食いしないと生きていけない。そのために畑を始めたようなものだが……」
自分で育てるのが難しい果物や米、肉や魚などは雪起が定期的に近くの村から買って届けてくれるらしい。卵は家の近くに鶏小屋があるそうで、毎朝産みたての卵を手に入れられるとのことだった。
「人間と同じような生活を送って大変なのに、もっと他のあやかしが多いところに住まないの? 自給自足の生活じゃなくて、それこそ利便性が良い街とか村に……」
「出来ないんだ。嫌われ者の犬神が街に住んでも、他のあやかしから迫害されて、居場所が無いだけだ。君は経験したことはあるか? 話しかけても無視をされて、どこにいても石を投げられる。店に行っても何も売ってもらえず、病院の診察さえ拒否されたことが」
華蓮は首を振る。人種や容姿、性別、出身地を理由にした差別の話を聞いたことはあるが、自分には全く関係無いと思っていた。
「それなら他の犬神はどこに住んでいるの?」
「犬神たちは街から離れた場所で村や集落を作って生活している。雪起や家族の家もこの近くの犬神の村にある。俺は立ち入ることすら許されていないから、どんな場所かほとんど知らないが……」
「どうして春雷は村に入れないの?」
「俺が罪を犯した犬神だから……妖力を奪われたあやかしもどきだからだ。この場所でさえ、何年か前にようやく見つけたんだ。それまでは俺のせいで住んでいた犬神の村を追われて、家族共々かくりよ中を彷徨ったんだ」
かくりよにおいて、妖力を持たないあやかしというのは罪人を示すらしい。そういったあやかしはあやかしたちのコミュニティに入ることさえ許されない。命尽きる時まで爪弾きにされ、孤独で生きなければならない。
それまでは後ろ指を指されながら、かくりよを転々として隠れ住み続けるか、安住の地を求めて人間界に渡るしかなかった。ただ人間界に行っても、今度はあやかしを祓う退魔師たちに命を狙われるので、生きづらいことに変わりはないらしい。
あやかしたちがやっていることも人間たちがやっていることと、何も変わりが無かった。
「獄卒から連絡を受けた父が迎えに来て家に帰ったが、小さな犬神の村では噂はあっという間に広まった。俺たち家族は村を追われて、別の犬神の村や集落に身を寄せた。正体を隠して大きな街に住んだこともある。でもほとんどは俺を理由に追い出された」
「家族はどうしたの? 怒らなかったの?」
「親父は呆れたのか何も言わなかった。妖力を失ったことで俺に興味が無くなったんだろう。村を出てからは最低限の話しかしなくなったからな。元から不仲のお袋には憎まれたし、存在を無視されるようになった。雪起以外の弟や妹たちはまだ幼かったから何も言わなかったが、成長するにつれて俺に原因があることに気がついた。雪起以外からは煙たがれるようになって、ここに住み始めてからは顔さえ出さなくなった。会わなくなってからしばらく経ったな」
春雷は割れた鏡に視線を移す。
「あの鏡はここに住み始めた時に、父が持って来てくれた。今までは親戚に預けていたと言って」
雪起や春雷の家族が住んでいる今の村は、春雷を村に立ち入らせないことを条件に他の家族が住むことを許してくれた。
その代わりとして春雷には当時荒れ放題だったこの家を与えた。元は春雷と同じように罪を犯して妖力を奪われたあやかしが住んでいたそうで、他の場所に移り住んでからは荒屋となっていたらしい。
明らかに住めるような状態では無かったが、それでも春雷は家族のために、一人で荒屋に住むことを決めた。雪起は反対したが、母親と他の弟妹は春雷を厄介払い出来るとして春雷に賛成したらしい。
そんな荒屋を春雷は何十年もかけて、今の綺麗な形にした。家を直し、畑を耕し、庭を造った。
妖力があれば簡単に出来ることでも、妖力が無い春雷は時間を掛けて少しずつ手を加えて入った。
人間のように地道に、日々積み重ねて……。
「どうして捕まったの?」
「理由は二つ。獄卒の許可なしに常世に立ち入ろうとしたこと。勝手に人間の魂を人間界に帰したことだ。常世は俺たちあやかしも立ち入ることを許されていない。死者だけが住む国だ。俺たちも死んだら常世に行くと言われている」
全ての生き物は死んだ時に常世に行き、そこで輪廻転生の時を待つことになる。
生前に善行を積んだ分だけ早く次の生に転生するが、悪行ばかりしていた時や心残りがある時は、転生出来ずにいつまでも常世に留まることになるらしい。
「常世には常世の決まりごとがある。その中に常世に行こうとする人間を引き止めていけない決まりがある。俺はそれを破ってしまった。そして罰を受けたんだ。あやかしとしては自分の存在意義にも関わる大きな罰だ」
「どんな罰を受けたの?」
華蓮の言葉に春雷は一瞬躊躇ったように視線を彷徨わせたが、やがて
「妖力を……犬神としての力を奪われた。ほんの僅かな妖力は残っているが、今の俺はほとんど人間と変わらない」
「えっ……」
「心配しなくても、子供が産まれた後、君の身体を元に戻して、人間界に帰すことくらいなら出来る。記憶を消すこともな。庭の季節を変えるのと同じく簡単だ。いざというときは、雪起にも手伝ってもらうつもりだ」
「そうじゃなくて……。春雷はそれでいいの? 妖力が無くて辛くないの?」
「たまにもどかしく感じることがあるな。妖力があれば怪我の治りは早いし、老化も遅い。数年くらい飲まず食わずでも生きていられるが、妖力が無いとなかなか怪我は治らないし、すぐに老ける。人間と同じように毎日飲み食いしないと生きていけない。そのために畑を始めたようなものだが……」
自分で育てるのが難しい果物や米、肉や魚などは雪起が定期的に近くの村から買って届けてくれるらしい。卵は家の近くに鶏小屋があるそうで、毎朝産みたての卵を手に入れられるとのことだった。
「人間と同じような生活を送って大変なのに、もっと他のあやかしが多いところに住まないの? 自給自足の生活じゃなくて、それこそ利便性が良い街とか村に……」
「出来ないんだ。嫌われ者の犬神が街に住んでも、他のあやかしから迫害されて、居場所が無いだけだ。君は経験したことはあるか? 話しかけても無視をされて、どこにいても石を投げられる。店に行っても何も売ってもらえず、病院の診察さえ拒否されたことが」
華蓮は首を振る。人種や容姿、性別、出身地を理由にした差別の話を聞いたことはあるが、自分には全く関係無いと思っていた。
「それなら他の犬神はどこに住んでいるの?」
「犬神たちは街から離れた場所で村や集落を作って生活している。雪起や家族の家もこの近くの犬神の村にある。俺は立ち入ることすら許されていないから、どんな場所かほとんど知らないが……」
「どうして春雷は村に入れないの?」
「俺が罪を犯した犬神だから……妖力を奪われたあやかしもどきだからだ。この場所でさえ、何年か前にようやく見つけたんだ。それまでは俺のせいで住んでいた犬神の村を追われて、家族共々かくりよ中を彷徨ったんだ」
かくりよにおいて、妖力を持たないあやかしというのは罪人を示すらしい。そういったあやかしはあやかしたちのコミュニティに入ることさえ許されない。命尽きる時まで爪弾きにされ、孤独で生きなければならない。
それまでは後ろ指を指されながら、かくりよを転々として隠れ住み続けるか、安住の地を求めて人間界に渡るしかなかった。ただ人間界に行っても、今度はあやかしを祓う退魔師たちに命を狙われるので、生きづらいことに変わりはないらしい。
あやかしたちがやっていることも人間たちがやっていることと、何も変わりが無かった。
「獄卒から連絡を受けた父が迎えに来て家に帰ったが、小さな犬神の村では噂はあっという間に広まった。俺たち家族は村を追われて、別の犬神の村や集落に身を寄せた。正体を隠して大きな街に住んだこともある。でもほとんどは俺を理由に追い出された」
「家族はどうしたの? 怒らなかったの?」
「親父は呆れたのか何も言わなかった。妖力を失ったことで俺に興味が無くなったんだろう。村を出てからは最低限の話しかしなくなったからな。元から不仲のお袋には憎まれたし、存在を無視されるようになった。雪起以外の弟や妹たちはまだ幼かったから何も言わなかったが、成長するにつれて俺に原因があることに気がついた。雪起以外からは煙たがれるようになって、ここに住み始めてからは顔さえ出さなくなった。会わなくなってからしばらく経ったな」
春雷は割れた鏡に視線を移す。
「あの鏡はここに住み始めた時に、父が持って来てくれた。今までは親戚に預けていたと言って」
雪起や春雷の家族が住んでいる今の村は、春雷を村に立ち入らせないことを条件に他の家族が住むことを許してくれた。
その代わりとして春雷には当時荒れ放題だったこの家を与えた。元は春雷と同じように罪を犯して妖力を奪われたあやかしが住んでいたそうで、他の場所に移り住んでからは荒屋となっていたらしい。
明らかに住めるような状態では無かったが、それでも春雷は家族のために、一人で荒屋に住むことを決めた。雪起は反対したが、母親と他の弟妹は春雷を厄介払い出来るとして春雷に賛成したらしい。
そんな荒屋を春雷は何十年もかけて、今の綺麗な形にした。家を直し、畑を耕し、庭を造った。
妖力があれば簡単に出来ることでも、妖力が無い春雷は時間を掛けて少しずつ手を加えて入った。
人間のように地道に、日々積み重ねて……。