犬神さまの子を産むには~犬神さまの子を産むことになった私。旦那様はもふもふ甘々の寂しがり屋でした~
「囲炉裏の側に座って服を乾かせ。今から火をつける」
 
 華蓮が囲炉裏の近くに座ると、男性は慣れた手つきで火を熾す。膝を抱えて囲炉裏の火で温まっている華蓮も頭に男性は手拭いを掛け、隣には旅館で見るような浴衣を置いたのだった。

「着替えを持って来た。濡れた服を乾かしている間、これを着ろ。俺は向こうの部屋にいる」
「……なんで、そんなに優しくするんですか。私、見ず知らずの人間ですよ。勝手に神社に侵入した不法侵入者ですよ」

 部屋を出て行こうと障子に手を掛けていた男性に華蓮が自嘲気味に問い掛けると、男性は不思議そうな顔をする。

「俺には君が不審者ではなく、帰る場所や頼る者が無くて泣いているだけに見える。それとも通報されたいのか?」
「それは……」
「どちらにしろそのままで居たら風邪を引く。その方が迷惑だ」
「じゃあここから出て行きます。それなら迷惑じゃないですよね」
「おいっ……!」
 
 華蓮は男性が引き留める声を無視すると、そのまま近くの障子を開けて廊下に出る。昔ながらの日本家屋のようで、廊下を出ると目の前はすぐ庭になっていた。

「待て! この雨の中、どこに行くつもりだ! ここは君が住んでいた場所では……」
「私が居たら迷惑なんですよね!? だったら放って置いて下さい!」

 男性に腕を掴まれた時、電気が弾けた音と共に青い電流が走る。男性が触れた場所を中心として、静電気が発生した時のような小さな痛みが華蓮の腕を襲ったのだった。

「君は、まさか……!?」

 男性は何かに驚いているようだったが、その隙に華蓮は男性の手を振り払うと近くのガラス戸を開ける。音を立てながら振り続ける繁吹(しぶ)き雨の中に飛び出したのだった。

 泥を跳ねながら走っていた華蓮だったが、気づいた時には見知らぬ山道を駆けていた。神社の裏手に山があったのだろうか。それにしては森が深く、舗装もされていない道がずっと続いていた。街灯も無いので、どうにか夜目を凝らして視界の悪い中を進み続けたのだった。

「あっ……!」

 もう何度目になるか分からない足元の木の根に躓いて華蓮は転倒する。服は雨と泥水を吸ってすっかり重くなっており、髪もぐっしょりと濡れていた。

「はぁはぁ……」

 両手を地面について立ち上がると、後ろから物音が近づいて来る。その場で後ろを見ると、闇に紛れてしまいそうな濡羽色の黒毛の犬が舌を出して華蓮の前で荒い息を繰り返していたのだった。

「犬……?」

 野犬だろうかと身構えていると、黒い犬はそのまま華蓮を通り越して繁みの中に消える。そして犬が消えた場所からは先程の男性が現れたのだった。
 
「さっきの……どうして……いつの間に……」

 あの家に居るはずの男性がどうしてここにいるのかと聞きたかったが、寒さで唇が震えて上手く言葉にならなかった。
 近づいて来る男性から距離を取ろうとして後ろに下がると、背中に木が当たった。男性が目の前まで迫ってくると、華蓮は覚悟を決めて固く目を閉じる。
 衝撃を覚悟した華蓮だったが、いつまでも襲ってこないのでそっと目を開ける。するとそこには華蓮の額に口付ける男性の姿があったのだった。

「な、ん……」

 で、と続くはずだった言葉は声にならなかった。頭がぼうっとして何も考えられなくなると目の前が真っ暗になる。
 華蓮はその場で意識を失ったのだった。



 夢の中で身体中が熱く疼いている。
 触れられたところから熱を発しているようで気持ち良くなる。
 手を伸ばせば、その手を握って指を絡めてくれる者がいた。声を出そうとすれば、柔らかな唇で塞がれる。
 彼氏よりも優しく、華蓮を気遣うような口付けだった。

『……んっ』

 蕩けるような心地良い気持ちになると、相手に縋り付くように身を寄せる。身体を密着させて抱きしめれば、相手も華蓮の背中に腕を回してくる。熱を帯びた力強い腕だった。

(すっごく、気持ち良い……)

 妙にリアルな夢だと思いつつ、揺蕩うような微睡みに華蓮は身を委ねたのだった――。

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