犬神さまの子を産むには~犬神さまの子を産むことになった私。旦那様はもふもふ甘々の寂しがり屋でした~
「身体の具合はもういいのか?」
「うん。大丈夫だよ」

 産まれたばかりの子供を腕に抱きながら部屋に入ってきた春雷は、華蓮の側に来るとゆっくり腰を下ろす。

「雪起に聞いた。俺たちを呼んでいるんだって?」
「二人に会いたかっただけなの。さっきは赤ちゃんの顔もよく見れなかったし、ずっと付き添ってくれた春雷にもお礼を言ってなかったから」
「礼は不用だ。それに礼を言わなきゃいけないのは俺の方だ。俺たちの子供を産んでくれてありがとう。睡蓮」
「ううん。私も春雷の子供に会ってみたかったから……。抱っこしていい?」
「ああ。抱いてくれ。コイツもきっと喜ぶ」

 春雷に抱き方を教えてもらいながら子供を受け取ると胸元で抱く。薄水色のおくるみの中では春雷とよく似た顔立ちの赤ん坊が瞳を閉じていた。
 抜けるような白い肌と小さな手、濡羽色の髪が薄らと生えた頭からは春雷と同じ形をした黒毛の耳が生えていたのだった。

「さっき眠ったばかりなんだ。抱いていないと泣き出すようで、眠るまでずっと抱いてた」
「こんなに小さいのに、春雷と同じ立派な耳が生えているのね」
「耳だけじゃない。尻尾も生えているぞ」

 春雷がおくるみを緩くすると、赤ん坊の背中からは黒毛が生えた小さな尻尾が見えた。子犬のような大きさの耳と尻尾は、この子が間違いなく犬神の春雷との間に産まれた子供なのだと現していたのだった。
 興味本位で華蓮が尻尾に触れると赤ん坊が泣き出しそうに顔を歪めたので、慌てておくるみを直す。身体を軽く揺らせば、赤ん坊は落ち着いたようだった。

「男の子だっけ。春雷にそっくりな顔をしている」
「そうか。俺には睡蓮に似ているように見えるが……。男は母親に似ると言われているからな」
「それでも全ての男の子が母親似とは限らないでしょう。この子は大きくなったら、春雷と瓜二つの男の子になると思う」
「俺が二人になるのも困るな。妖力を持っていないあやかしもどきが増えたって、何も良いことはない」

 腕の中の我が子と愛おしそうに見つめてくる春雷から離れがたくて、華蓮は子供の話をすることで、少しでも近づいて来る別れの時間を先延ばしにしようとしていた。
 それは華蓮だけではなく春雷も同じようで、一向に別れの話を切り出さずに、華蓮の話に耳を傾けているようだった。

「睡蓮、君がこの子の名前を決めてくれ」
「私が決めていいの?」
「ああ。決めてやってくれ。俺たちの子供の名前だ」

 俺たちの子供、という言葉に胸がくすぐったくなる。白い柔肌をほんのり赤く染めて、華蓮の腕の中に収まる姿を眺めていると、閃いた名前があったのだった。

「春雷から一字もらって、雷都(らいと)はどうかな。雷の都って書くの」
「雷都か……良い名前だな。それにしよう」

 二人の子供――雷都は返事をするように鼻の穴を大きく広げたので、春雷と顔を見合わせると華蓮は小さく声を上げて笑ったのだった。

「睡蓮。雷都が産まれた以上、約束通りに明日には全て元の状態に戻して人間界に帰そうと思う」
「どうしても明日じゃないとダメなの? だって雷都が産まれたのに、まだほとんど一緒に過ごしていないんだよ! 身体も元の調子に戻って、食欲も出てきたの。春雷が作る野菜をこれからたくさん食べたいのに!」
「駄目なんだ。明日じゃないと……」
「春雷とも気持ちが通じ合って、これからもっと知りたいのにっ……!」
「明日じゃないと駄目なんだ!」

 声を荒げた春雷に華蓮は飛び上がりそうになる。不快そうな顔をした雷都をあやしていると、春雷は苦しそうに話し出す。

「早く別れないと……あまり別れを延ばすと、それだけ別れが辛くなるから……」
「春雷……」

 俯いた春雷に手を伸ばすが、顔に触れる直前で春雷に手を払われてしまう。
 
「止めてくれ。君があまりに別れを惜しむから、俺まで辛い気持ちになってしまう。君が悲しむと縁で結ばれた俺にまで伝わってくるんだ。俺まで別れたくない気持ちになって、今すぐに君の何もかもを奪ってしまいたくなる……」
「春雷、私たちにはもう縁が無いんだよ。私たちの縁は雷都が産まれるまでの一時的なもので、雷都が産まれたら縁は切れるんだったよね」

 春雷に名前を名乗ろうとした時、華蓮と春雷はお腹の子供を通じて縁が出来ていると教えられた。
 縁がある間は華蓮の声がよく聞こえて、華蓮の感情が春雷に伝わるが、子供が産まれたら切れてしまう、仮初めの物であるとも。
 けれどもお腹にいた雷都が産まれた以上、二人を繋ぐ縁は消えてしまった。
 春雷に華蓮の声や感情が伝わることは無くなってしまった。
 
「じゃあ、これは……」
「もし春雷が私との別れが悲しい、辛いと感じているのなら、それは春雷自身の感情なんだよ」

 華蓮の言葉に春雷が顔を上げると、春雷の黒い両目から涙が溢れて頬を伝い落ちる。華蓮は春雷の頬に触れると、そっと涙を指で掬ったのだった。
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