犬神さまの子を産むには~犬神さまの子を産むことになった私。旦那様はもふもふ甘々の寂しがり屋でした~
「しゅん……らい……?」
「言っただろう。君が呼んだ時はすぐに駆けつけると。……会いたかった。睡蓮」
睡蓮と呼ばれた時、ようやく華蓮は全てを思い出した。彼氏と喧嘩して、家を飛び出して当てもなく歩いた後、拝殿で雨宿りをしていると春雷に声を掛けた。春雷の子供を身ごもり、つわりで苦しんでいると黒犬姿の春雷が会いに来てくれた。一緒にかき氷を食べて笑い合って、春雷の過去を聞いて涙を流した。
春雷の父親に殺されそうになったが、無事に春雷の子供である雷都を出産した。
最後に家族三人で過ごした後、華蓮は記憶を消されて元の人間界に帰された。
「しゅんらい……春雷!」
「元気にしていたか? あれから雷都も成長したんだ。君が好きだと言っていたイチゴも畑に実った。まだ粒も小さく、少ししか採れないが、雷都が大きくなる頃にはきっと大きなイチゴが採れるようになる……」
春雷の言葉を遮るように華蓮は抱き付く。
「私、辛かったの。春雷や雷都のことを思い出せそうで思い出せなくて。身体は覚えているのに、私は覚えていないの。あんなに二人を大切に想っていたのに……愛していたのに……」
堪え切れなくなって涙を流すと、春雷も抱き締め返してくれる。
「一度は忘れてしまったかもしれないが、それでも君は思い出してくれた。普通はきっかけがないと思い出せないが、君が俺と雷都を心底大切に想ってくれたから、記憶を消しても心のどこかで覚えていられたんだ。これは奇跡のように凄いことだ。誇ったっていい」
「本当に……?」
涙声で尋ねると、春雷は穏やかな顔のまま深く頷いて答えてくれる。華蓮の目から涙が溢れると、春雷に縋り付いて再び泣き出したのだった。
涙が止まるまで抱き合っていた二人だったが、やがて番傘の下で手を繋ぐと、どちらともなく指を絡める。ゆっくりとした足取りで拝殿に向かいながら、春雷から雷都たちの様子を聞かされる。
華蓮が住む人間界では随分と時間が流れたが、ゆっくりと成長するあやかしの雷都はまだまだ乳飲み子だということ、春雷が不在の隙を狙って、春雷の父親が雷都の様子を見に来ているという話を教えられたのだった。
実子である春雷には冷たく接していても、孫である雷都は気になるのか、春雷が雪起に預けたタイミングを狙って、よく家にやって来るようになったらしい。雷都の面倒を看てくれるだけではなく、おしめを変え、雪起が用意したミルクを与え、お風呂にも入れてくれているとのことだった。
雷都に対して行き届かないところがあると、春雷の父親が烈火の如く怒り狂うそうで、今では実父というより口煩い姑のようになっているらしい。これには春雷だけではなく、雪起も辟易しているとのことだった。
「孫に弱いなんて、春雷のお父さんも怖い人じゃないのね」
「ああ見えて、親父は子供好きなんだ。今はまともに口も聞かないが、子供の頃はよく遊び相手になってくれたよ」
華蓮が小さく笑うと、釣られた春雷も笑みを浮かべる。
二人は拝殿の前で話していたが、やがて春雷が真顔になったので、華蓮もじっと春雷を見つめ返す。
「約束だったな。全てを忘れても君が俺を想ってくれるのなら、君の好きにしていいと。……あの日から想いは変わらないのか?」
「変わらないよ。私は春雷たちと一緒に生きる。春雷と結婚して、雷都の母親になるの」
「それは嬉しいが……俺が言おうと思っていた言葉を先に言わないでくれ」
「何を言おうとしていたの?」
華蓮が不思議そうな顔をすると、驚いて顔を赤くした春雷がわざとらしく咳払いをして片手を差し出す。
「俺と結婚して、妻になってくれないか?」
華蓮は迷わず手を握り返すと、そっと口を開く。
「春雷、私の本当の名前はね……」
そして二人は唇を重ねる。もう切れることのない縁で結ばれた二人は、長く甘い口付けを交わしたのだった。
身体を離した後、華蓮は春雷に身体を抱えられる。春雷によると、埃が堆積して床板がひび割れている拝殿の中を歩かせたくないからということだった。
運ばれながら、春雷がポツリと呟く。
「睡蓮も充分君らしくて可愛い名前だが、本当はもっと愛らしい名前だったんだな」
「そうかな? それなら亡くなったお父さんとお母さんに感謝をしなくちゃ」
「その両親との繋がりだが……君を嫁として貰い受ける以上、君のことはこの世界に存在しない者として痕跡を消さなければならない。雪起に頼んで君がこの世界に生きていた記録ごと、君と関わった全ての人間の記憶からも消し去ってしまうことになるが良いだろうか? これもあやかしの仕来たりの一つだが、俺は爪弾き者だから慣習に従わなくても良いと思っている。君の望みを教えて欲しい」
「それは消していいよ。だってそうしなきゃ、行方不明者扱いになるでしょう。それにたとえ記録に無くても、お父さんとお母さんの繋がりは消えない気がするの。なんとなくだけどね」
「そうか。それなら君の望みをそのまま雪起に伝えよう。君の存在をこの世界から消してしまう代わりとして、俺が全てを記憶しよう。そして愛し尽くしてやるからな」
「ありがとう。春雷……」
そうして以前も入ったことのある部屋の前に着くと、春雷がその場に下ろしてくれる。
「来い。華蓮」
春雷が差し出した手を握り締めると、一緒に部屋の中に入る。迷いも何も無かった。
この先に本当の幸せが待っていると分かっていたから。
「言っただろう。君が呼んだ時はすぐに駆けつけると。……会いたかった。睡蓮」
睡蓮と呼ばれた時、ようやく華蓮は全てを思い出した。彼氏と喧嘩して、家を飛び出して当てもなく歩いた後、拝殿で雨宿りをしていると春雷に声を掛けた。春雷の子供を身ごもり、つわりで苦しんでいると黒犬姿の春雷が会いに来てくれた。一緒にかき氷を食べて笑い合って、春雷の過去を聞いて涙を流した。
春雷の父親に殺されそうになったが、無事に春雷の子供である雷都を出産した。
最後に家族三人で過ごした後、華蓮は記憶を消されて元の人間界に帰された。
「しゅんらい……春雷!」
「元気にしていたか? あれから雷都も成長したんだ。君が好きだと言っていたイチゴも畑に実った。まだ粒も小さく、少ししか採れないが、雷都が大きくなる頃にはきっと大きなイチゴが採れるようになる……」
春雷の言葉を遮るように華蓮は抱き付く。
「私、辛かったの。春雷や雷都のことを思い出せそうで思い出せなくて。身体は覚えているのに、私は覚えていないの。あんなに二人を大切に想っていたのに……愛していたのに……」
堪え切れなくなって涙を流すと、春雷も抱き締め返してくれる。
「一度は忘れてしまったかもしれないが、それでも君は思い出してくれた。普通はきっかけがないと思い出せないが、君が俺と雷都を心底大切に想ってくれたから、記憶を消しても心のどこかで覚えていられたんだ。これは奇跡のように凄いことだ。誇ったっていい」
「本当に……?」
涙声で尋ねると、春雷は穏やかな顔のまま深く頷いて答えてくれる。華蓮の目から涙が溢れると、春雷に縋り付いて再び泣き出したのだった。
涙が止まるまで抱き合っていた二人だったが、やがて番傘の下で手を繋ぐと、どちらともなく指を絡める。ゆっくりとした足取りで拝殿に向かいながら、春雷から雷都たちの様子を聞かされる。
華蓮が住む人間界では随分と時間が流れたが、ゆっくりと成長するあやかしの雷都はまだまだ乳飲み子だということ、春雷が不在の隙を狙って、春雷の父親が雷都の様子を見に来ているという話を教えられたのだった。
実子である春雷には冷たく接していても、孫である雷都は気になるのか、春雷が雪起に預けたタイミングを狙って、よく家にやって来るようになったらしい。雷都の面倒を看てくれるだけではなく、おしめを変え、雪起が用意したミルクを与え、お風呂にも入れてくれているとのことだった。
雷都に対して行き届かないところがあると、春雷の父親が烈火の如く怒り狂うそうで、今では実父というより口煩い姑のようになっているらしい。これには春雷だけではなく、雪起も辟易しているとのことだった。
「孫に弱いなんて、春雷のお父さんも怖い人じゃないのね」
「ああ見えて、親父は子供好きなんだ。今はまともに口も聞かないが、子供の頃はよく遊び相手になってくれたよ」
華蓮が小さく笑うと、釣られた春雷も笑みを浮かべる。
二人は拝殿の前で話していたが、やがて春雷が真顔になったので、華蓮もじっと春雷を見つめ返す。
「約束だったな。全てを忘れても君が俺を想ってくれるのなら、君の好きにしていいと。……あの日から想いは変わらないのか?」
「変わらないよ。私は春雷たちと一緒に生きる。春雷と結婚して、雷都の母親になるの」
「それは嬉しいが……俺が言おうと思っていた言葉を先に言わないでくれ」
「何を言おうとしていたの?」
華蓮が不思議そうな顔をすると、驚いて顔を赤くした春雷がわざとらしく咳払いをして片手を差し出す。
「俺と結婚して、妻になってくれないか?」
華蓮は迷わず手を握り返すと、そっと口を開く。
「春雷、私の本当の名前はね……」
そして二人は唇を重ねる。もう切れることのない縁で結ばれた二人は、長く甘い口付けを交わしたのだった。
身体を離した後、華蓮は春雷に身体を抱えられる。春雷によると、埃が堆積して床板がひび割れている拝殿の中を歩かせたくないからということだった。
運ばれながら、春雷がポツリと呟く。
「睡蓮も充分君らしくて可愛い名前だが、本当はもっと愛らしい名前だったんだな」
「そうかな? それなら亡くなったお父さんとお母さんに感謝をしなくちゃ」
「その両親との繋がりだが……君を嫁として貰い受ける以上、君のことはこの世界に存在しない者として痕跡を消さなければならない。雪起に頼んで君がこの世界に生きていた記録ごと、君と関わった全ての人間の記憶からも消し去ってしまうことになるが良いだろうか? これもあやかしの仕来たりの一つだが、俺は爪弾き者だから慣習に従わなくても良いと思っている。君の望みを教えて欲しい」
「それは消していいよ。だってそうしなきゃ、行方不明者扱いになるでしょう。それにたとえ記録に無くても、お父さんとお母さんの繋がりは消えない気がするの。なんとなくだけどね」
「そうか。それなら君の望みをそのまま雪起に伝えよう。君の存在をこの世界から消してしまう代わりとして、俺が全てを記憶しよう。そして愛し尽くしてやるからな」
「ありがとう。春雷……」
そうして以前も入ったことのある部屋の前に着くと、春雷がその場に下ろしてくれる。
「来い。華蓮」
春雷が差し出した手を握り締めると、一緒に部屋の中に入る。迷いも何も無かった。
この先に本当の幸せが待っていると分かっていたから。