犬神さまの子を産むには~犬神さまの子を産むことになった私。旦那様はもふもふ甘々の寂しがり屋でした~
愛する彼氏に捧げようと思っていた処女を奪われた。それも昨夜あったばかりの人かどうかも怪しい見ず知らずの男性に。
テレビのニュースで度々流れる性的暴行事件をいつも他人事のような気持ちで眺めていたが、まさか自分がその被害者になるとは思っていなかった。
他の女性と関係を持って妊娠させてしまった、と告白した彼氏の言葉と同等の衝撃があったのだった――。
「あっ! 気付いた?」
華蓮が目を開けると、側では雪起が心配そうな表情を浮かべていた。手を借りて身体を起こすと、障子の影から先程の男性が顔を出しているのが見えて引き攣った声を上げてしまう。
「大丈夫。大丈夫だからね」
背中を擦ってくれる雪起を見つめて安堵した華蓮は顔を歪めると自ら抱きつく。「わっ!?」と驚いた声を上げた雪起だったが、縋りつくように泣き出した華蓮の頭を撫でてくれたのだった。
「君も驚いたよね。色んなことがあって……」
子供のように泣きじゃくる華蓮を撫でていた雪起だったが、落ち着いた頃を見計らって教えてくれる。
「わたしの名前は雪起。気軽に雪って呼んで。あっちにいるのが兄さんの春雷。顔は怖いし、今は信用できないかもしれないけど悪い奴じゃないんだ」
「おい、雪起……」
文句を言おうとして廊下から身を乗り出した春雷だったが、雪起に睨まれたのかそのまま戻ってしまう。
「わたしたちは犬神って呼ばれているあやかしなんだ。この頭の耳と尻尾がその証」
「いぬがみ……?」
華蓮を安心させようとしているのか、もふもふした黒毛の尻尾を振ると雪起は続ける。
「元々は犬の霊で『犬神使い』という人間の命令で人間に憑いたり、病気を起こしたりする存在だったんだ。今はやってないけどね。悪さをしていた犬神の大半は人間に祓われちゃったし、嫁ぐ時に相手と嫁ぎ先を不幸にするからって『犬神使い』からも嫌われて、家を追い出されるか封印された犬神もいるから」
「不幸の存在なんですか……?」
「必ずではないけどね。でも正しい飼い方や祀り方をすれば富をもたらす存在とも言われているし、今でも人間界に残る『犬神使い』はみんなそうして犬神を使って裕福な生活を送っているよ。君もそうだったんじゃない?」
「私は早くに両親を亡くして養父母に引き取られたから……。その『犬神使い』というのも何も分からなくて……」
「『犬神使い』というのはね。犬神を使役していた人間たちのことなんだけれども、それ以外にも犬神の子を宿せる存在でもあるんだ。そもそも他の人間は犬神を始めとするあやかしの存在が見えないし、犬神と交わっても子を作れないんだ。君のその胸元の雷花の痣は犬神の子を宿せる証――『犬神使い』の証でもあるんだよ」
胸元の雷花の痣に目を落としていると、今まで黙っていた春雷が話し出す。
「もし身ごもらなければその花の痣は数日で消える。消えなければ俺の子供を身ごもったことになる。まあ、その頃には妊娠の兆候が出るから分かるだろうな。犬神の子供はだいたい四ヶ月で産まれる。それが判明するまで、ここに寄食と良い。勿論、身ごもっていた時は産まれるまで住んでもらって構わない」
「四ヶ月も……」
「安心しろ。子供が産まれた後は元の時間に戻してやる。身体も元の状態に戻して、ここでの記憶も消す。君は何も心配しなくていい」
それだけ話すと、春雷は立ち上がってどこかに行ってしまう。足音が遠ざかると、雪起は笑みを浮かべたのだった。
「良かったね。兄さんが家族以外に優しいなんて珍しいことなんだよ。きっと嬉しいんだろうね。初めて自分の子供が産まれるかもしれないから」
「そんなことを言われても……。別にわざわざ人間じゃなくても、他のあやかしと結婚して子供を作ればいいのに……」
「犬神はね、不幸にする存在として他のあやかしからも嫌われているから……。特に兄さんは他の犬神からも、ちょっとね……」
話を逸らしたいのか、雪起は立ち上がると「朝餉を温め直して、持ってくるね」と言って、そのまま逃げるように部屋を出て行ってしまう。
一人残された華蓮は自分の腹部に触れたのだった。
(もし春雷とかいうあの犬神の子供を身ごもっていたらどうしよう……)
そんな華蓮の不安が的中するかのように、それから数日が経っても胸元の雷花の痣は消えなかった。
そして、つわりで苦しむ日々が始まったのであった。
テレビのニュースで度々流れる性的暴行事件をいつも他人事のような気持ちで眺めていたが、まさか自分がその被害者になるとは思っていなかった。
他の女性と関係を持って妊娠させてしまった、と告白した彼氏の言葉と同等の衝撃があったのだった――。
「あっ! 気付いた?」
華蓮が目を開けると、側では雪起が心配そうな表情を浮かべていた。手を借りて身体を起こすと、障子の影から先程の男性が顔を出しているのが見えて引き攣った声を上げてしまう。
「大丈夫。大丈夫だからね」
背中を擦ってくれる雪起を見つめて安堵した華蓮は顔を歪めると自ら抱きつく。「わっ!?」と驚いた声を上げた雪起だったが、縋りつくように泣き出した華蓮の頭を撫でてくれたのだった。
「君も驚いたよね。色んなことがあって……」
子供のように泣きじゃくる華蓮を撫でていた雪起だったが、落ち着いた頃を見計らって教えてくれる。
「わたしの名前は雪起。気軽に雪って呼んで。あっちにいるのが兄さんの春雷。顔は怖いし、今は信用できないかもしれないけど悪い奴じゃないんだ」
「おい、雪起……」
文句を言おうとして廊下から身を乗り出した春雷だったが、雪起に睨まれたのかそのまま戻ってしまう。
「わたしたちは犬神って呼ばれているあやかしなんだ。この頭の耳と尻尾がその証」
「いぬがみ……?」
華蓮を安心させようとしているのか、もふもふした黒毛の尻尾を振ると雪起は続ける。
「元々は犬の霊で『犬神使い』という人間の命令で人間に憑いたり、病気を起こしたりする存在だったんだ。今はやってないけどね。悪さをしていた犬神の大半は人間に祓われちゃったし、嫁ぐ時に相手と嫁ぎ先を不幸にするからって『犬神使い』からも嫌われて、家を追い出されるか封印された犬神もいるから」
「不幸の存在なんですか……?」
「必ずではないけどね。でも正しい飼い方や祀り方をすれば富をもたらす存在とも言われているし、今でも人間界に残る『犬神使い』はみんなそうして犬神を使って裕福な生活を送っているよ。君もそうだったんじゃない?」
「私は早くに両親を亡くして養父母に引き取られたから……。その『犬神使い』というのも何も分からなくて……」
「『犬神使い』というのはね。犬神を使役していた人間たちのことなんだけれども、それ以外にも犬神の子を宿せる存在でもあるんだ。そもそも他の人間は犬神を始めとするあやかしの存在が見えないし、犬神と交わっても子を作れないんだ。君のその胸元の雷花の痣は犬神の子を宿せる証――『犬神使い』の証でもあるんだよ」
胸元の雷花の痣に目を落としていると、今まで黙っていた春雷が話し出す。
「もし身ごもらなければその花の痣は数日で消える。消えなければ俺の子供を身ごもったことになる。まあ、その頃には妊娠の兆候が出るから分かるだろうな。犬神の子供はだいたい四ヶ月で産まれる。それが判明するまで、ここに寄食と良い。勿論、身ごもっていた時は産まれるまで住んでもらって構わない」
「四ヶ月も……」
「安心しろ。子供が産まれた後は元の時間に戻してやる。身体も元の状態に戻して、ここでの記憶も消す。君は何も心配しなくていい」
それだけ話すと、春雷は立ち上がってどこかに行ってしまう。足音が遠ざかると、雪起は笑みを浮かべたのだった。
「良かったね。兄さんが家族以外に優しいなんて珍しいことなんだよ。きっと嬉しいんだろうね。初めて自分の子供が産まれるかもしれないから」
「そんなことを言われても……。別にわざわざ人間じゃなくても、他のあやかしと結婚して子供を作ればいいのに……」
「犬神はね、不幸にする存在として他のあやかしからも嫌われているから……。特に兄さんは他の犬神からも、ちょっとね……」
話を逸らしたいのか、雪起は立ち上がると「朝餉を温め直して、持ってくるね」と言って、そのまま逃げるように部屋を出て行ってしまう。
一人残された華蓮は自分の腹部に触れたのだった。
(もし春雷とかいうあの犬神の子供を身ごもっていたらどうしよう……)
そんな華蓮の不安が的中するかのように、それから数日が経っても胸元の雷花の痣は消えなかった。
そして、つわりで苦しむ日々が始まったのであった。