5分後に意味が分かると怖い、学校の怪談
4. 4時44分の大鏡
「美香ちゃん、だよね?」
「うん、えっと……」
放課後に一人で本を読んでいると、突然そんな声をかけられた。
私が驚きながら首を傾げると、彼女は言葉を続ける。
「私、恵理だよ。こっちは、幼馴染の悟!」
恵理と名乗るクラスメイトは、その隣にいる悟という少年を紹介してから私に笑みを向ける。
クラスで孤立していた私は、突然声をかけられたことに戸惑ってしまった。
なんで急に話しかけてくれたのだろう?
そんな事を考えていると、恵理ちゃんは私に手を伸ばす。
「これから私の家で遊ぶんだけど、美香ちゃんも一緒に来ない?」
「え? いいの?」
「もちろん! ほら、早く早く!」
元気いっぱいの恵理ちゃんはそう言うと、私の手を取って走り出す。
これが、私と親友の恵理ちゃんとの出会いだった。
「まったく、急に走り出すなよ」
そして、悟君は突然の恵理ちゃんの行動に呆れるような笑みを浮かべていた。
ただ呆れているのではない、優しい笑み。
そんな悟君の表情を見て、私は静かに胸をきゅっとさせていた。
なんだろう、この気持ち。
それから少しして、私はこのときに感じたものが初恋だったことを知ったのだった。
「学校の怪談?」
「そう、学校って幽霊とかが集まりやすいんだってさ。だから、色々と怖い話が多いの」
恵理ちゃんは私の隣でそう言うと、怪談話が乗っている本のページをめくる。
私が恵理ちゃんと悟君と出会ってから、数ヶ月が経った。
すっかり二人と仲良くなった私は、いつも通り恵理ちゃんの家で遊んでいた。
今日は悟君はクラスの男子たちとサッカーをしてくるとのことで、別行動だった。
恵理ちゃんは私たちの約束とどっちが大切なんだと言って少し怒っていたけど、私は恵美ちゃんと二人きりで過ごす放課後も好きだった。
恵理ちゃんと二人で遊ぶときは、こうして二人で本を読むことが多い。
私と恵理ちゃんは、二人ともオカルト話や怖い話が好きだった。
だから、こうして二人になると、怖い話が書いてある本や映画などを見て過ごす時間が多い。
「ほら、ここに学校に関する怖い話が書かれてるでしょ?」
恵理ちゃんは本のページをペラペラとめくって、学校の怪談話が載っているページを見せてくれた。
学校の怪談として有名なトイレの花子さんや、動く二宮金次郎像の話や、夜中に増える階段の話。
それらの話は読むだけで怖くてゾワッとするのに、不思議と読むのがやめられなくなる。
私が真剣にそのページを読んでいると、恵理ちゃんは小さく笑う。
「この怪談話の中でもさ、私はこれが気になるな」
恵理ちゃんはそう言うと、いくつか載っている怪談話の中の一つを指さす。
そこに書かれていた怪談を読んで、私はこくんと頷く。
「うん。私も気になるかも。怖いし、つい試してみたくなる話だね」
そこに書かれていた怪談は、午前4時44分に学校にある大鏡の前に立つと、鏡の世界に吸い込まれてしまうというものだった。
話自体も怖いし、比較的試しやすい怪談話話だと思う。
いや、でも、門が開いていない学校に入り込むのは難しいから、試しやすいってこともないのかな。
私がむむっと考えていると、恵理ちゃんがこそっと私に耳打ちをする。
「それならさ、今度学校でやってみない?」
「え? この話だと午前4時にやらないとなんでしょ? 学校開いてないんじゃない?」
「うん。だからさ、学校に忍び込んじゃおうよ!」
恵理ちゃんはそう言うと、キラキラとした目で私を見る。
私は午前4時ってまだ結構暗いんじゃないかなと思いながら、学校に忍び込むという言葉に少し魅力を感じた。
怖い話好きとしては、テンションが上がる状況だと思う。
「ね? お願いだよ、美香ちゃん! 一回でいいから、学校で試してみたいの! 悟は怖がりだから、絶対にこういうのついてきてくれないし!」
恵理ちゃんは両手を合わせて、私に深く頭を下げる。
悟君は私たちが怖い話をしているだけで耳を塞いでしまうくらい、怖がりだ。
まだ日が上がっていない学校に忍び込もうなんて言ったら、絶対に断られる。
……悟君も一緒だったら、もっと楽しいんだろうけどなぁ。
「美香ちゃん?」
「え? あっ、ううん、なんでもない!」
私は考えていたことがバレないように頭を横に振ってから、恵理ちゃんに笑みを浮かべる。
「うん。私も気になるし、二人で学校に忍び込んじゃおうか」
私がそう言うと、恵理ちゃんはパァッと顔を明るくして嬉しそうに私の手を握った。
恵理ちゃん動い嬉しそう。よっぽど怖い話を試してみたかったんだろう。
こうして、私と恵理ちゃんは午前4時頃に学校に忍び込むことを決めたのだった。
「えっと、理由を聞いてもいいかな?」
「ごめん。俺、他に好きな人がいるからさ」
ある日の放課後。
私は二人きりの教室で、悟を呼び出して告白をしていた。
悟とはずっと幼い頃から一緒にいたし、休みの日に出かけたりもする仲だ。
いつになったら告白をしてくれるかなと思って待っていたけど、いつまでも悟は私に告白をしてくれることはなかった。
だから、私から気持ちを打ち明けることにしたのだ。
きっと、悟なら私の告白にオーケーをしてくれるはず。
そんなことを考えて告白をしたのだが、悟は気まずそうな顔をして頭を掻いていた。
「好きな人?」
「ああ。だから、ごめん」
私は悟の言葉を前にして、一瞬頭の中が真っ白になってしまった。
好きな人?
え? 私以外に、そんな人いたの?
私はしばらく固まってから、何とか口を開く。
「そ、それって本当?」
「ああ。こんなときに嘘を吐いたりはしないって」
悟はそう言うと、申し訳なさそうな笑みを浮かべる。
その表情が胸に来てしまい、自分が振られたのだということを自覚してしまった。
それでも、どこかで自分が振られたことを認めたくないのか、私は小さく首を横に振っていた。
「で、でも、いつも私たち一緒にいるし、悟が他の女の子と仲がいいところなんて見たこと――」
私は話している途中で気づいてしまった。
そうだ。いつも一緒にいるのは私だけではなかった。
「もしかして、美香ちゃん?」
私が震える声を抑えながら言うと、悟は照れくさそうに頷く。
……悟のそんな顔、知らない。
その表情を見せられて、私は美紀ちゃんに負けたことを悟ったのだった。
私は唇をきゅっと噛みしめてから、作った笑みを浮かべる。
「そ、そうだったんだ。美香ちゃん可愛いもんね! 私、応援するよ!」
私がいつもの調子でそう言うと、悟はありがとうと私に言ってから笑みを浮かべた。
それから、私は悟から恋愛相談を受けるようになった。
彼女の立ち位置を目指した私は、親友と自分の大好きな人の恋愛を応援するというポジションにつくことになったのだ。
逆だったら、よかったのにぁ。
私はそんなことを考えずにはいられなかった。
「うわぁ、4時の学校って真っ暗なんだね」
家を抜け出した私たちは校門前で合流して、一緒に校舎に忍び込んだ。
なんとか校舎に入ることができた私たちだったが、私は暗い校舎の不気味さを前に微かに表情を強張らせていた。
勢いで忍び込んでみたけど、これってかなり怖いかもしれない。
「うん、想像以上かも。これなら期待できるかもね!」
「期待って、本当に鏡の中に吸い込まれちゃうかもしれないよ?」
「大丈夫だって! 二人なら何かあったら、片方が助ければいいんだから!」
恵理ちゃんはそう言うと、少し緊張した様子で拳を強く握っていた。
確かに、一人だったら何かあったら大変だろうけど、二人なら助け合うことができる。
そう考えると、夜の校舎という不気味な場所でも少しだけ勇気が出てきた。
「それで、えっと、大きな鏡のある所に行かないとなんだよね? そうなると、体育館か階段の踊り場にある鏡とかかな?」
私が他に候補あったかなと考えながらそう言うと、恵理ちゃんは懐中電灯で階段を照らす。
「体育館よりも校舎の方がいいんじゃない? それに、こういう怖い話の定番はやっぱり最上階だよ!」
確かに、この前恵理ちゃんの家で読んだ本では、夜中に増える階段は最上階とか奇数階で起こるって書いてあったっけ?
「三階にしようよ、美香ちゃん!」
「うん、そうだね。そうしよっか」
多分、私よりも恵理ちゃんの方がこの手の話は詳しい。
それなら、恵理ちゃんの言う通り三階の方がいいよね。
私はそんなことを考えて、恵理ちゃんの隣を歩きながら階段を上がっていった。
「三階の階段の踊り場にある鏡……うん、やっぱりここの鏡は大きいね」
「今が4時42分だから、あと2分だね」
私が懐中電灯で鏡を照らしていると、私の隣で恵理ちゃんがスマホで時間を確認していた。
その顔は真剣で、どこか緊張感がある気がした。
「もうすぐだね」
理恵ちゃんはそう言うと、何かの覚悟を決めるたみたいな本気の顔をしていた。
私は肝試しに意気込むにしては、真剣すぎるなと思って少し笑う。
「恵理ちゃん、もしかしてけっこう怖い?」
「うん。実際に鏡を前にすると思うところもあるかも」
思うところがある?
私は恵理ちゃんの言っている言葉の意味が分からず、首を傾げる。
すると、恵理ちゃんは少し躊躇ってから、私をちらっと見る。
「あのね……もしも、悟が美香ちゃんのこと好きだったら、どうする?」
「え、え!? な、なんで急にそんな話!?」
もうすぐ4時44分というタイミングで、なんで恋愛話なの!?
というか、今までそんなに恋愛話もしてきたことなかったのに、なんで今そんな話?
私は想像もしなかった言葉に驚いて恵理ちゃんを見る。
「いいからさ、答えてよ」
しかし、そんな私とは違って、恵理ちゃんは真剣な顔をしていた。
あまりにも真剣な顔をしていたので、私は少し躊躇ってから口を開いてしまう。
「嬉しいと思うかな。できたら、付き合ってみたりしたいかも」
誰にも言ったことがなかった恋心。
私は恋愛について興味がない年頃ではない。
むしろ、逆に興味津々だったりする。
初恋の相手と恋人の関係になれるかもしれないという状況なら、きっとみんな私みたいな回答をすると思う。
そんなことを初めて口にしたせいか、私は恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。
「……そっか」
恵理ちゃんは弱弱しくそう言うと、ため息を漏らす。
あれ? 何か思った反応と少し違うかも。
何か言ったらダメなことでも言っちゃったのかな?
「え、恵理ちゃん?」
私が様子のおかしい恵理ちゃんの顔を覗こうとした瞬間、ゾワッとした感覚が全身を走って、鳥肌が立つ。
勢いよく顔を上げてみると、目の前の大きな鏡に映っていたはずの私たちの姿が消えていた。
「え、うそ、なにこれ……え、恵理ちゃん! どうしよう!」
自分の姿が鏡から消えてしまったという事態を前にして、私はパニック状態になってしまった。
慌てて隣にいる恵理ちゃんの体を揺らすけど、恵理ちゃんは顔を伏せたままだ。
なんで、なんで動かないの恵理ちゃん!!
「恵理ちゃん! なんかマズいよ! 今すぐ、ここから離れよ!」
この場にいたらいけない気がする。
私はそう思って、恵理ちゃんの手を取ってその場を離れようとした。
バシッ。
しかし、私の手は恵理ちゃんに力強く払われる。
「え?」
何が起きたのか分からない。
ドンッ!
私が払われた手を見てから、顔を上げた瞬間私は恵理ちゃんに体を強く押された。
それも、私たちの姿を映さなくなった鏡の方に押し込むようにして。
そして、鏡に押し込まれている私の体は、そのまま沼のようになった鏡の中に呑み込まれていく。
「え、恵理ちゃん! 何してんの! た、助けて!!」
私は鏡の中に体を呑まれながら、必死に腕をバタバタして助けを求める。
何とか手を伸ばして恵理ちゃんの腕を掴もうとしたのだが、私の手は先程よりも力強く払われた。
「え、恵理ちゃん……な、なんで助けてくれないの?」
「あんたがいなくなれば、悟は私を見てくれるでしょ?」
恵理ちゃんは無表情でそう言うと、がっと私の頭を掴んで私を鏡の中に押し込んだ。
「や、やめて! やめてよ、恵理ちゃん!!」
私は必死に抵抗するが、恵理ちゃんは全く力を緩めることがなかった。
そして、私は恵理ちゃんの力に逆らうことができず、そのまま鏡の世界に引きずり込まれてしまったのだった。
「助けてよ! お願いだから! 早く私を助けて!!」
私は誰もいない真っ暗な校舎の中で、三階の踊り場にある鏡を必死に叩いていた。
さっき入ってきたばかりだから、頑張れば戻れるかもしれない。
そう思って必死に鏡をバンバンと叩くが、鏡はずっと私の姿を映しているままで、さっきみたいに沼のようになったりはしない。
「怖い……怖いよぉ……」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫ぶが、私の声は誰にも届かない。
やがて、私は力尽きるようにペタンとその場に座り込んでしまった。
「誰かぁ……助けてよ!!」
私が最後にもう一度だけ鏡を強く叩くと、上から紙が一枚落ちてきた。
びくんっと驚きながらその紙を拾ってみたが、それはただの学級通信だった。
セロテープの粘着力がなくなって、落ちてきたのだろう。セロテープを貼っている部分がカピカピになっている。
「こんなの見せられて、どうしたらいいか分からな……え?」
私はその何でもない学級通信を見て、驚かずにはいられなかった。
だって、私のもとに落ちてきた学級通信は、左から横書きで書かれていたのだから。
私はゾクッとひときわ大きな寒気を感じてから、ふらふらっと立ち上がる。
「帰らなくちゃ……」
そんな言葉を呟いて。