彼の愛に、堕ちて、溺れて。〜再会した幼馴染みの愛は、深くて重い〜
「……翅くん、変わったなって思ってたけど、そういうところは、変わってないね」
「は?」
「覚えてないかな? 昔、私が落ち込んで泣きそうだった時、私の傍に来て『実杏姉に泣き顔は似合わない、笑顔が一番だ』って言ってくれた事」
「…………さあな。そんな昔の事は、もう忘れちまった」
「そっか、そうだよね。ごめんね、何だか懐かしくなって、つい……」

 俺の言葉に軽くショックを受けたのか、実杏の表情は曇っていく。

 忘れたと言ったが、本当は覚えている。

 けど、そんな子供(ガキ)の時の話を持ち出されても反応に困るから忘れたフリをした。

 実杏は懐かしさから過去の事を色々と思い出し始めたようだが、俺としてはあまり良く思えない。だって、そうだろ? 実杏が思い出してる昔の俺は、『可愛い弟のような男の子』なんだろうけど、俺はもう昔の面影なんてまるで無い、『無愛想で可愛げの無い男』なんだ。

 いつまでも昔を懐かしんで欲しくも無い。過去はもう、捨てたんだ。

 それに今の俺らの関係は幼馴染みなんて可愛いモンじゃない。

 借金を肩代わりしてやった男と、返済の為に家政婦として雇われた女――ただ、それだけの関係だ。

「――実杏」
「え……?」

 俯き加減の実杏は突然名前を呼ばれた事に驚いたようで、きょとんとした表情を向けながら俺を見上げてくる。

 そんな彼女を前に何かが吹っ切れた。

「お前の中の俺はいつまでも何も知らねぇ無邪気な子供(ガキ)のままなんだろうが、そんなモンは幻だ。今の俺はもう、こうして力でお前を捩じ伏せる事だって出来るし何も知らねぇ子供(ガキ)じゃねぇ。今みたいにそんな無防備な格好や顔をすれば、どうなるか教えてやろうか?」
「ちょ、翅くん……、っきゃあ……」

 俺の言葉に戸惑う実杏を半ば強引にソファーの上に押し倒すと、その上に跨りながら焦りの色を浮かべる実杏を静かに見下ろした。
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