玉響の花雫       あなたにもう一度恋を 壱
『つつい』なんて
探せばある名字かもしれない。
絶対違うと思ったけど、
無情にも壇上に現れたのは
私が大好きだったあの筒井さんだった



思わず両手で口を押さえると、
一気に呼吸の仕方がわからなくなるほど
胸が締め付けられていく


ついこの間私の想いを告げて、
会うことなどもうないと思って
前に進んできたのに、人生ゲームの
コマで振り出しに戻されたような
気持ちになってしまう


『霞?どうかした?』


「えっ?ううん‥‥なんでもないよ。」


菖蒲が心配そうに
私の顔を覗いてきたので、
口元から手を離すと
小さく横に首を振った


筒井さんが話してる‥‥
ただそれだけで、話の内容なんて全く
頭に入ってこないけど、
見ることが2度とないと思っていた
違う顔の筒井さんを
遠くから静かに見つめた‥‥


『ふぅ、やっと入社式終わったねー』


9時から11時まで会社の説明会も
含めて長い話が続き、終わった途端に
大きく伸びをしている人達が見えた


大学の講義よりも長い話を
聞き慣れてないのもあるけれど、
私は途中から殆ど頭に内容が入らずで
姿は見えなくても
前の方に座っているだろう
筒井さんのことばかり考えていた


『ねえ霞、
 よければこのあとランチに行かない?
 明日から新人研修始まるし、
 部署のことも相談したいから。』


「うん、お腹すいたね‥行こうか。」


立ち上がった時、視線を感じた私は
視線の先にこちらを見ていた筒井さんと
目が合い咄嗟に俯くと、
会場から逃げるように走った


見間違いだ‥‥
私を見ていたわけじゃない‥‥‥


もし気づいていたとしても
どんな顔して会えばいいのか
分からない。


それくらい勇気を振り絞って
告白したし、
あのまま綺麗な思い出で心に残したい


『霞!どこいくの?‥‥‥えっ?』


菖蒲ごめんっ‥‥今は少しでも早く
筒井さんから離れたい。
どうかこの会社に入社したことを
いつまでも気付かないで‥‥



『井崎さん!』


エレベーターが混み合っていたから、
非常階段で降りようと扉を開けた時、
懐かしい声と共に手首を掴まれた



ガチャンと重たい扉が閉まる音が、
非常階段の上下の空間に
こだまするように鳴り響いていく



非常階段の踊り場で、
後ろを振り返ることをしないまま
掴まれた手首だけが
いつまでも離れない


どうしよう‥‥
困らせてはいけない‥‥
早く落ち着かないと‥‥


『井崎さん‥逃げないで?』


筒井さん‥‥


珈琲店で聞いていた声よりも
少し低いその声に
小さく深呼吸をした後
体の向きを変えた


「お、お久しぶりです、筒井さん。」


心配させないよう、
気を使わせないように
なるべくあの時のようにお辞儀をすると
体を起こして筒井さんの方を向いた
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