玉響の花雫       あなたにもう一度恋を 壱
あの告白の日から
ほんの10日間くらいしか
経っていないのに、
私のことを覚えていてくださっただけで
嬉しくて本当は泣きそうになっている


それでもここでは
私はただの新入社員で、
筒井さんは人事の主任だ


少し前はただのアルバイトと、
お客様。


呼び方が変わっただけで関係性は
何も変わらない



「今年度よりお世話になります
 井崎 霞です。
 よろしくお願いします。」


アルバイトの時は
きちんと挨拶したことすら
なかったけど、入社して自己紹介をする
初めての上司が筒井さんになるなんて
思っても見なかった


変わらないスタイルの良さ。
スーツ姿の筒井さんを目の前にすると
胸が切なくて苦しい‥



『筒井 滉一です。
 入社本当におめでとう‥‥
 ここで会えるのを待ってた。』


えっ?


あ‥‥‥もしかして
筒井さんは人事って言ってたから
私が入社してくることを
まさか知っていたとか?


面接の時は見かけなかったし、
珈琲店で会っても何も言わなかったから
違うとは思うけど‥‥


「‥あ‥ありがとうございます、
 頑張ります。
 あの‥‥友人が待っていますので
 失礼します。」


筒井さんに再会できたけど、
これ以上ここにいると
気持ちがコントロール出来ないと思って丁寧にまた頭を下げた。



非常口の扉のノブに手にかけて
開けると、
振り返ることなく今度はゆっくりと
その場を後にした。



『霞!どこに行ってたの?』


私を探してくれていたのか、
向こうから私に向かって
走ってくる菖蒲に私も駆け寄る


「ご、ごめん!
 トイレにすごく行きたくてっ‥
 探させちゃったね。
 あとでID交換しよう?」


申し訳なかったな‥‥
せっかく仲良くしてくれてランチまで
誘ってくれたのに逃げるようなことして‥

 
筒井さんのことは忘れよう‥‥


こんなに大きな会社だから
関わることもきっともうないはず。


声をかけてもらったのも偶然。
それにもうちゃんと
終わらせたのだから今はまだ
向き合う勇気がない。


後ろを振り向かないためにも、
背中まで伸ばしていた髪を肩まで切り、
あのネックレスが似合う
大人になれるように
慣れないメイクも頑張った


あの恋のおかげで
もっと素敵に変わろうって
思えた素敵な思い出だから、
これ以上上書きはしたくない


あんなに優しく傷付けずに
振ってくれたのだから、その気持ちに
ちがう形でもいいから応えたい


『霞は部署周りの希望どこにする?』


プレートランチを食べながら、
菖蒲がうーんと深く溜息を吐いた


「私はあまりバタバタするのは
 得意じゃない方だから、営業とか
 以外がいいかな‥‥」


明日から、新人研修が3日行われ、
その後希望した部署を見学して
実際に働く環境を見るらしい。
そしてその後から仮契約をして
1月決めた部署で働く形だ。


その途中や1月後に
やっぱり部署を変えたいとか
希望があればもう一度面談して
自分の働く部署に本配属される


どうせなら、
部署周りしたところのまま
配属がいいな‥‥

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