玉響の花雫       あなたにもう一度恋を 壱
『女関係で揉めて、男と喧嘩したあと
 あの喫茶店の横で雨の中歩けず
 倒れて傷だらけの俺に
 珈琲でもいかがですか?って‥‥。
 笑っちゃったな‥‥珈琲なんて
 好きでもないのにって。
 でも、タオルで頭を拭かれ
 出された熱い珈琲を飲んだら、
 あの人なんて言ったと思う?』


瞳を開けて私の方を見ると、
頬にそっと手が触れてきて、
いつの間にか泣いていた私の涙を
そっと拭っていく


分からなくて小さく首を横に振ると、
筒井さんに腕を引き寄せられ
そのまま温かい胸にもたれ
優しく抱きしめられた


『雨あがりそうですね。
 明日はきっと晴れますよって‥』


‥‥マスターらしいな。



余計なことは言わないのに、
心が軽くなる言葉をくれる人。
だから私も悩んだ時は足を
運んでしまうから分かる。


『フッ‥。なんかそれ聞いたら、
 生きてる事も面倒だったのに、
 明日の天気が晴れるんだって思ったら
 今までのことがどうでもよくなって
 それから大学に戻って真面目に
 勉強もして、企業にも入れた。
 だからマスターは特別なんだ。』


そうだったんだ‥‥


亮さんがある日から急に
変わって戻ったとは言ってたけど
マスターの存在が
あってのことだったんだ。



『そして暫くしてから、そこで
 お前に出会った‥‥』


えっ?



筒井さんの胸からそっと離れると、
頬に触れてきた手の親指が何度も
そこを優しく撫でていく


『‥‥‥何年も忘れていた気持ちを
 思い出せるなんてな。』


筒井さん‥‥



『‥‥来月からフランスの支社に
 行くことが決まった‥‥。
 何年で戻れるか、もしかしたら
 もう戻れないかもしれない。
 お前のこれからの人生をそばで見て
 支えてやることも出来ない。』


筒井さんの寂しそうな顔に
瞳からまた沢山涙が溢れてくる‥



やっぱり‥‥やっぱり本当だったんだと
いう気持ちと、話してくれて嬉しいと
いう気持ちで胸がいっぱいで苦しい‥



『いなくなる人、帰らない人を
 待つというのは
 どれだけツラいか俺は知ってる。
 だから‥‥』


「嫌です」


『‥‥‥』


その先になんて言葉が出てくるのか
もう分かってるから、泣きながら
声を振り絞る


「‥‥私‥3年筒井さんに片思いを
 しました。好きな人を思うのは
 自由です。だから忘れませんし、
 待たなくていいと言われても
 私の自由です。
 もし向こうで筒井さんを笑顔に
 してくれる方が現れたら、正直に
 教えてくださっていいんです。
 私は‥‥‥それでも
 筒井さんと出会えたことを
 忘れたくありません‥‥ずっと
 それも全部大切に生きたいっ‥」


嗚咽が言葉を邪魔して苦しくなり
筒井さんの手に震える自分の手を重ね
深呼吸をゆっくりしたあと
涙を拭って笑顔を向けた。


笑って応援する。送り出すって
決めたから心配かけたくない。


『お前‥‥そんなにまでして‥‥』


「だって私の初恋なのに‥‥まだ
 終わらせないで欲しい‥っ‥」


初めて告白した時は自分で終わらせて
前に進もうって決めた。
だから今回も筒井さんに決められるの
ではなく自分で決めたかった。

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