玉響の花雫       あなたにもう一度恋を 壱
鞄の取っ手を握った私の手首を掴む手に
心臓が煩くて胸が苦しい


どうしてあの時振った相手に
そんなことを言うの?


会社では上司と部下として割り切って
なんとかやれるって思うけど、
オフまで接してくるのは何故?


「あ、あの‥‥」


『霞さん、落ち着いて。
 チョコレートを一人で食べるより
 一緒に食べた方がわたしは嬉しいので
 筒井さんとこちらを
 一緒に頂いてもいいですか?』


私が差し出したチョコレートに、
筒井さんが反応したと同時に
パッと手首をその手から離した


『これ‥‥‥
 うちのチョコレートだな‥』


えっ?


話し方がとても丁寧な筒井さんが、
敬語や丁寧語でもなくラフに話すのを
初めて聞く‥‥


『俺も食べていいか?』


「えっ?‥‥あ、も、勿論です‥‥」


マスターがいつの間にか、
筒井さんに珈琲を差し出すと、
チョコレートを口に含んだ後
珈琲を一口飲み私の方を向いて笑った


トクン‥‥


なに?
筒井さんの‥こんな笑顔知らない‥‥‥


2年以上ずっと
片思いをしてきた人なのに、
こんな話し方も笑い方も知らない‥‥



「マ、マスター、
 やっぱり私帰りますね?
 また来ます。相談に乗ってくださって
 ありがとうございました。」


マスターと筒井さんに
丁寧にお辞儀をすると
今度は振り返らずに
喫茶店を飛び出した。

 

胸がまだドクドクしている‥‥


さっきのあの笑顔が頭から離れない‥‥



ちゃんとフラれたから
前に進むべきなのに、
私の心がどうしようもなく筒井さんに
向いてしまう。


叶わないのに側にいるのって、
1番ツラいししんどい‥‥‥



せっかく入社できた会社なのに、
筒井さんのことで辞めたいなんて
応援してくれたお母さんにも言えない。


シングルマザーで、
大学まで出してくれたし、
内定もらった時はお祝いもしてくれた



経験だからって一人暮らしも背中を
押して賛成してくれたから、こんな
くだらない理由で投げ出して
家に帰れない



ガチャ 


バタン


「‥‥ック‥‥‥グスッ‥‥ヒッ‥」



フラれた日に
もう暫く泣くことはないだろうと
思うほど沢山泣いたのに、泣くことを止められず玄関で座り込むと
膝を抱えて泣き続ける



なんであんなに遠い存在の人を
好きになってしまったんだろう‥‥


大学でも何人かに告白されたし、
付き合うのは同級生でも良かった。
なのにどうしてずっと
頭の中から出て行ってくれないの?


せっかくマスターに勇気を貰ったのに
たった数分の出来事で、心を封印した
ガラスなんて簡単に
ヒビが入ってしまった
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