玉響の花雫       あなたにもう一度恋を 壱
『おはようございます』

「『おはようございます』」


11階にある小会議室に集まった
8人の新入社員とのこの時間も
もうおしまい。


今日からはそれぞれが別々の場所で
色々を学び働いて行く修行の道になる


『記入していただいた紙を元に、
 人事課と相談をして一月みなさんが
 働く仮部署が決まります。
 今から面談を1人ずつしますので、
 待機してる間は研修で行ったことの
 復習プリントを黙ってやるように。』


泣き腫らした目をなんとか冷やして
出勤したものの、食欲もあまり沸かず
夜もなかなか寝付けないまま
今日を迎えてしまった


今日を頑張ればとりあえず休みだ‥


午後からは
新しい部署に行かなくてはならない。


同期の男子が名前を呼ばれると、
配られたプリントに目を通して
書き込んでいく



結局私はマスターに相談したのに
部署が書けなくて、
希望職なしと記入し相談希望に
丸をつけた。


やる気がないと思われたら
それまでだけど、
本当にペンを持ったまま
何も書けなかったのだ。


菖蒲は企画の仕事がしたいというのは
変わらずで、そのまま希望は変更なしだという


ガチャ 


『次は井崎さん、移動してください。』


「あ、はい!」


あいうえお順がこんなにも嫌だと思った
ことはない。


安藤くんの次だから仕方ないけど、
重い腰をあげて立ち上がると
ノックをして返事を聞いてから
部屋に入った


「失礼します‥」


『どうぞ、おかけください。』


えっ?


長机を2つ並べた反対側に座る
筒井さんに一瞬体が固まってしまう


人事の人と面談とは聞いていたけど、
まさかの相手に胸が苦しくなる



「‥‥失礼します。」


お辞儀をしてから
アルミチェアに腰掛けると、
私の顔を少し見た後、
小さくため息を吐き
手元の用紙に視線を落とした


『幾つか質問してもよろしいですか?』


「えっ?‥あ、はい。」


昨日聞いた話し方や笑った顔もなく、
別人のような態度で少し怖くなり、
足の上に置いていた両手を握りしめる


仕事中だしここでは人事の主任として、
限られた時間の中で接してるのだから、
私もちゃんとしないと失礼だ。



『希望部署がないということですが、
 3日間の研修や見学をしても惹かれる
 場所はなかったのですか?』


真っ直ぐ私を見つめてくる綺麗な目に、
クビになってでもいいから正直に
今の気持ちを答えようと思う


もしそれでダメだったら‥‥‥


「‥‥ここのチョコレートが
 小さい時から大好きなんです‥。
 でも自分がどこで何をすればいいのか
 結局見つけられませんでした。」




マスターは珈琲が苦手だったけど、
長い時間を得て
後悔はないと教えてくれた。


それを聞いて気持ちは軽くなったものの
答えが出ないままでマスターにも
顔向けできない


学生の時とは違って
自分である程度意思を持って
決めていかないといけないのに、
スタートからグダグダで
みんなよりも出遅れてしまっている



『分かりました。では質問するので
 簡単で結構ですので
 お答えください。』


質問?
てっきり今の回答について呆れられると
思っていたのに、
表情一つ変えない相手に
唾をゴクリと喉に流した



『まず‥‥早起きは得意ですか?』


えっ!?


仕事のことに関しての
質問かと思いきや予想外で驚いたけど、答えを待っていたので
深呼吸をして返事をする。


「はい、大丈夫です。」


『体力に自身はありますか?』


「あります。」


『人と接するのは好きですか?』


「はい、好きです。」


『最後に
 健康には気をつけていますか?』


「はい‥自炊をなるべくしてますし、
 風邪などはあまり引きません。」


そのほかにもいくつかされた質問は、
面談に関係あるのか
分からなかったけど、
全て正直に答えた。


『では、今日顔色がとても悪いのは
 気のせいでしょうか?』


ドクン‥‥

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