玉響の花雫       あなたにもう一度恋を 壱
俯いていた顔を上げると、
筒井さんがまた真っ直ぐに
こちらを見ている


顔色‥‥そんなに悪いのかな‥‥


確かに泣いたりしてしまったから、
目元が腫れて浮腫んでる気はしたけど
直前に行ったお手洗いでも鏡にうつった
顔は普通だと思えた



『井崎さん』


「はい」


『どんな部署でも、体が資本です。
 倒れたり休むことで、
 みんな優しいですが、
 負担は何倍にも増えてしまいます。
 悩んだりツラい時は
 僕でも構いませんので
 相談して欲しいです。昨日はそれが
 出来たのではないですか?』



筒井さんのことで泣いたなんて
きっとこの人は
一生知ることはないと思う。


でも私情を優先して逃げたのは私で、
それがなかったら昨日あの場所で
偶然出会えたとしても部署のことを
相談出来ていたかもしれない。



「‥‥すみませ‥‥ご迷惑かと‥」


『迷惑か迷惑じゃないかは
 僕が決めることで、
 こういったことが、今後配属される
 部署で繰り返され
 仕事がストップする方が困ります。
 何のために先に入った
 先輩がいるのかを知ってもっと甘えて
 助けを求めればいい。』


帰らないでと言ってくれたのに、
それを無視して逃げた自分を責めたい


筒井さんは上司として
心配してくれていたのに‥‥


泣きそうになるのを堪えて
口元に力を入れると
椅子から立ち上がって頭を下げた


「すみませんでした。
 次からは相談させていただきます。」


面談なのに
筒井さんを怒らせてしまった。
それだけでも悲しいけど、
これが社会には必要なことだと
教えてくださったから
色々学んで変わって行きたい。


ゆっくり頭をあげると、
視線の先に見えた筒井さんが、
昨日のように優しく笑っていて
また胸が締め付けられたけど、
私も口角をあげて笑った。


前に進むって決めたのに
進めてないのは自分だけ。


気まずい思いをしたのは
筒井さんの方なのに、差別なく
こうして接してくださっている。



『面談は以上です。上と相談をして
 部署は後で書面にて通達します。』


「はい、ありがとうございました。」


もう一度丁寧にお辞儀をすると、
部屋のドアに手をかけた時に、
椅子から立ち上がる筒井さんに気づいて
ゆっくり振りかえり、
もう一度頭を下げた



『では次は犬塚さん
 移動してください。』


小会議室に戻ると、さっきまでの
重かった空気が嘘みたいに軽く
ペンが進む。


筒井さんが面談してくれて良かった‥‥


どこの部署になるかわからないけど、
どこでも自分なりに頑張る‥
そう思えた。

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