玉響の花雫       あなたにもう一度恋を 壱
『蓮見さんもお疲れ様です。
 お2人でこれから一緒に
 帰られるんですかぁ?』


『八木ちゃんお疲れ様、
 あ、悪い。ちょっと電話。』


蓮見さんが、
仕事の電話らしき話し方で
私達から離れた場所へ行ってしまい、
取り残された私達は
仕方なく立ち止まった



甘い声色と
後ろまで香る甘い香りに、
菖蒲と顔を見合わせてどうする?って
目で会話をしてみる。


『お疲れ様です。今から帰りますよ。』


『えっ?偶然ですね!!
 私たちこれからご飯に
 行くんですけど、ご一緒しません?』


えっ?


女性の手が筒井さんの肘のあたりを
軽く掴むと、ニヤッと笑って
こちらをまた見た


筒井さんは素敵な人だから、
こういったことは今までも
日常茶飯事にあるのだろう。


分かっていた大人の世界なだけに、
入り込めない子供の自分は
とても遠くに感じる



『すみません、
 今日は先約がありますので、
 どうぞお2人で行かれてください。』


『えっ?先約ってまさか
 この子たちとですか?』


2人に再度睨まれる形になり、
私のせいで菖蒲にまで
迷惑をかけるのが嫌だったから、
勇気を出して声を出した


「あ、あの‥私たちならその‥
 筒井さん、
 どうぞ行かれてください‥」


両手が震えるのでお腹の前で手を重ねて
握りしめると、菖蒲の腕を引っ張って
その場から離れようとしたけど、
すぐさま今度は私の肘あたりを
筒井さんに掴まれてしまった


『八木さん、先ほども言いましたが、
 今日は無理なので、
 帰っていただけますか?』


筒井さん‥‥
なんで‥‥引き留めるの?


『悪い、電話終わって‥‥って
 何してんの?』


『蓮見さん!本当にこの子たちとご飯に
 行かれるんですか!?』


状況が分かってないのか、蓮見さんは
筒井さんを見た後少し黙ると、
私達を見てニコリと笑った


『そうなんだよね。可愛い部下と
 親睦深めるのも上司の役目だろ?
 八木さん達は部署違うから、経理の
 人達と行ったら?』


『なっ!だったら
 筒井さんこそ人事なので
 関係ないんじゃないです?』


いつまで経っても離されない腕に、
その場を離れる事もできずただただ
気まずさと怖さに怯える


『人事だからとかは関係なく、
 わたしが個人的に決めたことなので。
 ですからもう行ってもいいですか?』


えっ?


『そういうことだから、
 じゃあね八木ちゃん。』

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