玉響の花雫       あなたにもう一度恋を 壱
『さ、行こう。大丈夫だから。』


筒井さんと蓮見さんはこういうことに
慣れているのか振り返ることもせず
歩き始めた。


当然私も恐ろしくて振り返ることなんて
出来なかったので、菖蒲と一緒に
ついていくことしか出来ないでいた


『2人とも嫌いな食べ物とか
 苦手なものはない?』


『俺あるよ、貝と、パクチー。』


『拓巳に聞いてない。井崎さんと
 犬塚さんはどう?』


会社から少し離れたところで筒井さんが
後ろを振り返り聞いてくれたのに、
蓮見さんとのやりとりに笑いそうになる


2人は仕事場だと苗字で呼び合い、
エントランスを出た時から名前で呼び合っているから仲の良さが伺えた


『私はなんでも大丈夫です。霞は?』

「あ、私も特にはないです。」


『そう?じゃあよく行く近くの
 イタリアンでもいいかな?』


『「はい!」』


2人して返事をすると、ニコッと笑った
筒井さんが歩きながらお店に
電話をかけてくれ
すぐ予約をとってくれたようだ。


『ここから近くだからすぐだよ。
 滉一とツレとよく行くとこで
 なんでも美味しいから。』


筒井さんと蓮見さんの行きつけで
ご飯を食べるんだ‥‥


筒井さんは珈琲が好きで、
マスターのお店に
よく来てくださるお客様
っていうことが1番よく
知っていることだったけど、
知らない筒井さんが増えていく


こんなに何も知らないのに、
好きなんて告白をしてしまって
申し訳ないなんて気持ちにさえ
なってしまう



大学時代でご飯に行く時なんて、
その場のノリだったりで、
予約なんてせずに行くことの方が
多かったけど、あんなふうに
スマートに予約をしてくださることが
初めてで浮かれていた


『あっ!どうしよう‥‥』


突然菖蒲が立ち止まって
大きな声を出したので、私だけじゃなく
筒井さん達も立ち止まった。


「ど、どうかした?」

『彼が会社に迎えに来てくれるって』


菖蒲の彼氏?
‥‥確か年上の彼で出張が多いから
なかなか会えないって言ってた気がする


「いいよ。菖蒲早く行ってあげて?」

『でも‥‥』

「会いたい時に会わないと
 後悔するでしょ?
 きっと時間作って
 来てくれたんだから待ってるよ?」


『霞‥‥ありがとう。
 すみませんせっかく
 誘っていただいたのに。
 でも私行きます!』
 


スマホを片手に
少しだけ泣きそうな顔をした菖蒲は、
筒井さんと蓮見さんに頭を下げると
嬉しそうに来た道を走って行った


ふふ‥良かった。
きっと入社してからの話も沢山したいと
思うから彼氏さんも喜ぶといいな‥‥


『霞ちゃんかっこいい‥‥。』

『そうだな‥‥』


ドクン


「えっ?あ!いや‥‥す、すみません、
 勝手なことしてしまって‥‥
 それじゃあ私も帰りますね?
 お疲れ様で‥うわっ!」


両隣りに立たれ、
蓮見さんは私の肩に手を回し、
筒井さんはまた肘のあたりを掴んで
帰さないと言わないばかりに
捕まえられてしまった。


『さ、井崎さん行こうか。』

『俺は霞ちゃんいれば問題ないから。』

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