玉響の花雫       あなたにもう一度恋を 壱
背の高い2人に拉致されるかのように
連れてこられたのは、
大通りに面して建つビルの6階にある
イタリアレストランだった。


さっきは何も考えずに菖蒲の背中を
押してしまったけど、よく考えたら
この2人と食事ってハードルが高過ぎる


初日なのに‥‥
何を話したらいいんだろう‥


案内されたのは窓際から外が眺められる
丸テーブルで、筒井さんがさりげなく
椅子を引いてくれたので頭を下げてから
そこに腰掛けた


『何か好きな食べ物はある?』


「えっ?
 あの‥筒井さんにお任せします。」


蓮見さんがさっき
なんでも美味しいって言ってたし、
初めて来たから何がいいのかなんて
全く分からない。


『じゃあ適当に頼んでシェアしよう。
 拓巳もそれでいいよな?』


『ああ、頼む。ワインもよろしく。』


『は?運転はどうするんだよ?』


『ええー?居るじゃないそこに。
 カッコいい運転手が。』


ニコニコしながら話す蓮見さんと
少し怒り気味で話す筒井さんを
交互に見ているとやっぱり面白くて
笑いそうになってしまう


筒井さんたち車通勤なんだ‥‥
電車通勤の私とは違って
やっぱり大人だな‥‥


『井崎さんもお酒飲む?』


「い、いえ!私は大丈夫です。」


これから出てくる料理の味ですら
緊張して美味しいって
思えないかもしれないのに、
お酒なんて尚更喉を通らない。


テキパキと注文をしていく筒井さんに
見惚れていると、左から視線を感じて
蓮見さんと目が合った


『緊張とかしちゃってる?』


「はい、してます。」


『ブハッ、素直だなぁ。そんなに
 アイツのこと気になる?』


えっ?


手で口元を覆い小声で聞こえないように
囁いてきた蓮見さんに
思いっきり首を振る


本当に何もないというか、もう過去の
ことだから言う必要もない。


筒井さんが普通にしてくれている以上、
下手なことを言って困らせたくないから


『どうかした?』

「あ、いえ‥‥大丈夫です。」


少し前まで店員とお客様だったのに、
こんな同じ席でご飯を食べる日が
来るなんて想像も出来なかった。


今はただ、少しでも会社で頑張って
筒井さんや蓮見さんだけじゃなく、
山崎さん、佐藤さん、
それに古平さんのように
仕事ができる人になりたい


『霞ちゃんはこの辺に住んでるの?』


「あ、はい。会社から二駅なので、
 近い方です。
 実家からも通えたんですけど、
 一人暮らしをしてみたかったので
 お金貯めて始めたんです。」
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