玉響の花雫       あなたにもう一度恋を 壱
『霞、お母さん仕事に行くから、お昼
 食べられそうなら少し食べて
 薬飲みなさいね。』


「ゔん‥ゴホ‥ゴホッ」


パタンと扉が閉められると、
熱が下がらず体の節々が痛い私は、
布団に入ったまま瞳を閉じた


雨の中を走ったからか分からないけど、
せっかくの週末なのに
高熱が出てしまい、
夜中に救急に行って帰ってきたのだ


良いことを誰かに出来たからって
浮かれていたのかもしれない


春がすぐそこまで来ている季節でも
朝晩はかなり肌寒く、20分以上
雨に濡れた私は小さい時以来の
風邪をひいてしまった



マスターには今朝早めに連絡をして、
数日アルバイトをおやすみさせて
もらうことが出来たけれど、
筒井さんに会えないことの方が
私的にはショックだった


あと1月しか働けない空間で
あと何度会えるかも分からない


それなのに寝込んでしまうなんて‥‥‥


背も高いし体も大きいから、
折り畳み傘が小さ過ぎて濡れてないと
いいのだけど‥‥‥‥


でも風邪をひいたのが私で良かった‥


筒井さんが風邪をひいてしまう方が
よっぽど嫌だったから。


しっかり治して元気にアルバイトに
早く行けるようにしないとな‥‥



それから平熱に戻るまで2日を要し、
咳と鼻水が治らず、結局その週は
1日もアルバイトに行けなかった。



「こんにちは。長い間お休みして
 ご迷惑をおかけしました。」


咳は殆ど出ず体調は落ち着いたものの、
念の為マスクをしたまま8日ぶりに
珈琲専門店へと来ることができた。


久しぶりの香ばしい香りに包まれると、
ホッとしてしまうほど癒されていく


『霞さんお帰りなさい。
 気にすることはありませんよ。
 無理のないように
 働いてくださいね。』


「はい、ありがとうございます。」


久しぶりのマスターの優しい言葉に
胸が温かくなり、お辞儀をすると
フロアに出ていつものように働いた


募集なんてしていなかったのに、
私の熱意に参りましたと
快くバイトとして雇ってくれた
マスターともあと1ヶ月でお別れだ


勿論お店はなくならないし、
次はお客として珈琲を飲みに来れば
いいのだけれど、
やっぱり思い入れがある分
考えるととても寂しい‥‥


カランカラン


「いらっしゃいませ。
 お好きな席に‥‥」


おしぼりを補充していた私は、
ドアの向こうから入ってきた人に心臓が跳ねた



『こんにちは』

『いらっしゃいませ。こんにちは。』



えっ?


いつもの窓際には行かずに、
カウンターに荷物を置くと、鞄から
綺麗に折り畳まれた水色の傘を私に
そっと差し出してくれた


『先日はありがとうございました。
 おかげさまで濡れずに帰れたから
 助かりました。』


トクン‥‥
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