玉響の花雫       あなたにもう一度恋を 壱
筒井さんの方に向き直ると、
差し出された傘を両手で受け取った


『月曜日に一度来たのですが、
 しばらくおやすみされてると
 聞きました。
 体調はもう大丈夫ですか?』


筒井さんが濡れなくて良かった‥‥‥


それだけでも嬉しいのに、
こうして本人が直接私に傘を
返しにきてくれるなんて、
感動して泣いてしまいそうだ



「平気です。
 わざわざありがとうございます。
 今日も珈琲を飲んで行かれますか?」


『ああ‥‥いただこうかな。』


笑顔で答えてくれた筒井さんは、
いつもの窓際に向かい腰掛けたので、
おしぼりを用意してお席に伺った


「おしぼりをどうぞ」


『ありがとう。今日のオススメを
 お願い出来ますか?』


「かしこまりました。本日のオススメは
 ブルーマウンテンになります。
 もしお疲れでしたら
 深煎りはいかがでしょうか?」



豆の知識は殆どないけれど、
マスターに教わったことは必ず活かして
伝えたりもしている


こだわりの豆をその都度適量で仕入れ、
温度管理も徹底してるマスターのことを
尊敬しているのだ。


『では君のオススメで。
 あとこれはちょっとしたお礼です。』


えっ?


鞄から取り出したのはた小さな紙袋で
その中から小さな箱を取り出すと、
可愛い薄いピンクの
リボンがかけられていた


「お礼って‥‥
 も、もしかして傘のことでしたら
 私が勝手にやったことですので、
 このようなものはいただけません。」


『そんな大したものじゃないんだ。
 受け取ってもらえると嬉しい。』


ドクン‥


筒井さんの少し冷たい手が
私の手を取ると、
手のひらにその箱を置いてくださった


こんなことされたら
もういらないですなんて
絶対言えない‥‥


「‥‥ありがとうございます。」


袋を受け取りお辞儀をすると、
筒井さんも嬉しそうに笑ってくれている


最低限の会話しかせずにこのまま
こんな時間も終わると思っていた。


なのに、勇気を出したことで、
それ以外のお話をすることもできた。


もう会うことがないのなら、
一生分の勇気を振り絞ってみよう‥‥


彼の笑顔を見て幸せを沢山貰えたから、
傷つけることのないようにしよう‥‥


『ありがとうございました。
 また来ます。』

『お気をつけて。
 またお待ちしてます。』


「ありがとうございました。」


片手をあげて帰られる筒井さんを
マスターとお見送りをして仕事を
終えた私は、
寄り道もせずに家まで走った


ガチャ


「ただいま!!」


『おかえりー、ご飯食べる?』


「後で大丈夫っ!!」
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