玉響の花雫       あなたにもう一度恋を 壱
『お前はもう帰りたい?』

えっ?


運転しながらそんなことを
聞いてくるけどなんて答えたらいいのか
分からないでいる。


こういう時に恋愛経験が
もう少しあれば、すぐに答えられるの
だろうか‥‥


「‥‥‥‥」


ダメだ!!
一緒にいたいなんて恥ずかしいこと
自分から言えない。


両手で顔を覆って顔を左右に
振っていると、隣から笑い声が
聞こえてきた


『フッ‥‥もう伝わった。』


頭を少しだけクシャと撫でられるだけで
私の顔は熱を持ち心臓も
揺さぶられてしまう‥‥



何処かの駐車場に車を停めると、
助手席のドアを開けてもらい
車から降りた。


「あれ?‥‥ここって‥‥」


見慣れた景色にキョロキョロしていると
手を繋がれて歩き始めた筒井さんに
また顔が熱くなったと思う


角を曲がると見えた店構えに
筒井さんが扉を開けた


『こんばんは。いらっしゃいませ。
 おや‥‥お2人でとは珍しい。』


先に私をお店の中に入れてくれると
筒井さんがドアを閉めてくれる


こういうところはいつも本当に
ジェントルマンだと思う


車のドアや、エレベーターも
さりげなくやられてるとは思うけど
子供じみた私にはまだ慣れない


「マスターこんばんは。
 お久しぶりです。」


『霞さんいらっしゃい。
 筒井さんもどうぞ。』


『ギリギリの時間にすみません。
 珈琲をいただけますか?』


久しぶりの筒井さんの落ち着いた
話し方に何故だか胸が締め付けられる


ここで初めてこの人に恋をして、
今また同じ人にもう一度恋をした


同じ人なのにそうじゃないような、
不思議な感じだけど、どちらも
私の本当の気持ちだからいいのだ


『珈琲をお2つですね。』


「マスター、蜂蜜もお願いします。」


カウンターに座り、JAZZの音色に
耳を傾けると何も話さなくても
心が落ち着いていく


ガリガリと豆を削るマスターの手の動き


お湯がシュッシュっと沸くケトルの
音や珈琲豆の香りに、私がいつも
帰る場所はここだなって思いたいくらい
アットホームなのだ


『お待たせしました。
 今日のオススメはケニアコーヒー
 になります。深い甘みとコクに
 程よい酸味があります。』


『「ありがとうございます。」』


2人で淹れたての珈琲の香りを
鼻から取り入れると一口ゆっくりと
口に含み飲み込んだ


「苦い‥‥けど‥‥美味しいです。」


私の感想に2人とも笑っていたけど、
なんか夢が叶ってしまった‥‥


筒井さんにフラれてしまった日に、
またいつかどこかで会えたら、
ここでマスターの珈琲を一緒に
飲めたらいいなって願ってた。


あの時よりはブラックコーヒーが
苦くない気がするのは、
筒井さんがいるからだろう



『腕は痛くないか?』

「はい、平気です。」


家までまた車で送ってくれると
玄関先まで危ないからと着いてきてくれ
たので中に入ってもらうと、
私は急いであるものを探して
戻ってきた。



「あの‥私、筒井さんのハンカチを
 沢山お借りしたまま返してなくて
 すみませんでした。」
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