玉響の花雫       あなたにもう一度恋を 壱
フラれた日に初めて差し出された
ハンカチと、入社してからもう1枚。
そしてさっき使ったものはまだ今も
鞄に入ったままだ。


会社に持って行っても会えるわけじゃ
なかったし、プライベートな話は
仕事中の筒井さんは公私混同を
しないと知っているから、
こんなに返すのが遅くなってしまった


『まだ持ってればいい。』


えっ?


いきなり鼻をギュッと摘まれると
綺麗な顔が近づいて来る


『お前は1人で悩むから、
 泣きたい時用にとっておけ。』


「い、痛いですって!‥私そんな
 泣いてませんし泣きませんから。」


目元に唇が寄せられ、
目尻や目蓋を指で触れられると
だんだんまた顔が熱くなり始める


至近距離が恥ずかしくて、
フッと顔を逸らしてしまうと、
筒井さんの指が私の顎を捉え
唇に軽くキスを落とした


『泣くならこれからは俺のところへ
 必ず来て欲しい‥分かったな?』


「だから‥泣きませんから‥」


4度目の筒井さんキスは、
私を揶揄うように笑いながらされ、
頬や鼻、目元にゆっくり移動した
唇で私の下唇を軽く引っ張るように
甘噛みしていく


「‥‥‥ウワッ‥‥なに!?」


体から力が抜けてしまったのか、
その場で立っていることが出来ない
私を筒井さんが簡単に持ち上げると
抱えられたままソファに降ろされる


『フッ‥‥。今からこんなんじゃ
 先が思いやられるな。』


「さ、さ、先って‥な、何言ってるん
 ですか?」


真上から見下ろす筒井さんが
真っ赤になっているだろう私の
頬に触れるとおでこにキスをした


『疲れてると思うからもう今日は
 ゆっくり休め。
 鍵かけ終えたら
 内ポストに入れるから
 後で確認しろよ?』


「‥‥はい‥‥おやすみなさい。」


優しく笑った筒井さんが体を起こすと
本当に鍵をかける音がして帰って
しまった。


今日‥‥何回キスをしたんだろう‥
もう分からないや‥‥


まだ少し痛む腕を見ると、怖さや
ツラさは全部は消えていないって思う


でも、何度も触れてくれた唇や、背中や
首筋をなぞる手や指、頭を撫で
優しく包み込んでくれた掌が、下書きを
上書きしてくれたみたいに修正されて
心が穏やかで呼吸も苦しくない


暫く立てない私は、ソファで体を
丸めながら、温もりを忘れないように
体を抱き締めて瞳を閉じた
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