玉響の花雫       あなたにもう一度恋を 壱
『少し話せるか?』

「‥‥はい」


鞄を拾ってくれると、そのまま
エレベーターに乗り筒井さんは
↑のボタンを押した


何処に行くんだろう‥‥

一言も話さないまま、隣に立つ
筒井さんを見上げることも出来ずに
いると14階に着いてしまい、先に
私をおろしてくれた。


ここって‥‥


『行こう、早い方がいいから。
 今日戻って来てくれて良かった。』


エレベーターを降りたその先までは
何度も来たことがあるけれど、
1番奥には入ったことがなかった。


だってここは‥‥

コンコン


『筒井です。引き続きすみませんが
 お話大丈夫でしょうか?』


引き続き?
さっきまで筒井さんはここにいたの?


「あの‥‥こ、ここで待ってます。」


『何言ってる、お前がいないと
 話にならないだろう?』


えっ?

『どうぞ』


中から聞こえてきた声に、
筒井さんが扉を開けてしまうと、
背中に手を添えられて一緒に
入ることになってしまった


『失礼します。社長お忙しいのに
 何度もすみません。』


ドクン‥‥


入社式か受付でしか見たことのない
社長に慌てて筒井さんと一緒に
頭を下げる


エントランスから出かける際に、
佐藤さんとお辞儀をして見送る事は
何度もあるけど、こんな直接
お会いするのは初めてで緊張してしまう


『構わないよ。
 もう一度来たところをみると、
 彼女がそうなのかい?』

『ええ。そうです。』


社長が私の方に視線を向けると、
よく分からないけど頭を下げた。


『井崎さん、だったかな。』

「えっ?は、はい。」


突然名前を呼ばれると、
緊張がさらに増してしまい
心臓の鼓動がさらに早くなっていく


私のことで筒井さんは呼ばれたの?
何か会社に関わるミスでもしてしまったのかと思うと怖くて仕方ない‥‥


『君は恵まれているね。』

えっ?

『今回君がされた怪我のことで、
 何度も労災にならないかと
 直談判しに来てたんだよ。』


嘘‥‥‥


俯いていた顔を上げて
隣に立つ筒井さんを見上げる


『なかなかね労災というのも
難しいものなんだ‥‥。
話を聞いたところ、社員と
仕事上のことではなく、私的な内容で
負わされた事だと、労災認定が
降りないパターンもある。
だから、筒井くんはね、怪我を負わせた
側の社員に事情を聞いたり、人事
部長や私を交えて何度も頭を下げに来たんだ。自分の事でこのようなことに
なったからと。』


筒井さん‥‥
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