クールなエリート外交官の独占欲に火がついて 〜交際0日な私たちの幸せ演技婚〜
【Prologue 緊急事態、唐突な再会】
 爽やかな秋の空気が、電車が去る風に乗ってホーム上を走って行く。

 私、咲多(さくた)映茉(えま)大川(おおかわ)電鉄の朝明台(あさけだい)駅主任駅員だ。

 今日もまた、ホーム上から電車を見送り、線路上に、信号に、ホームに異常がないか指差し確認。

「異常なし」

 ほっと息をつき、駅員室へ戻ろうとした。
 のだけれど。

「ママ、どこ~!」

 小学生にならないくらいの男の子が、ホームの中央で泣いていた。

 平日の昼間。乗客の多くないオフピークのこの時間、ホーム上にいるのはスーツ姿の男性と大学生くらいの少年たちだけで。

 慌てて男の子のもとに駆け寄った私は、しゃがんで男の子に目線を合わせた。

「こんにちは。ママ、探してるの?」

 男の子は、泣き顔のままこちらにコクリと頷く。

「大丈夫だよ、ママも君を探してるはずだから。一緒に探そう?」

 そう言って、男の子の手を取り歩き始めた矢先だった。ふらふらとしながら、ホーム上を歩く人の姿が目に映る。

 あの人、大丈夫かな。体調不良?

 そちらに気を取られていると、小さな手が私の手をきゅっと握った。

 今は、この子の親を探さないと。

 そう思った次の瞬間。
 突然、ホーム上をふらふら歩いていた影が横に傾き、見えなくなった。

 線路内落下!? どうしよう!

 繋がれた手の先では、「ママ……」とまだ泣いている男の子。けれど、次の電車はあのホームに入ってくる。

「まもなく、二番線に列車が参ります。黄色い点字ブロックの内側まで――」

 アナウンスが流れる。ということは、電車が見えるまで、あと三十秒ほどしかない。

 どうする? いや、考えるよりも動いた方が早い。まずは電車を止めなくちゃ!

 慌てて男の子を抱き上げた私は、電車の非常停止ボタンまで走る。けれど、男の子を抱えて走るのは大変で。

 足、速く動けーーーーっ!

 そんな焦る私を追い越し走る、スーツを纏った長身の男性がいた。
 彼は私の目線の先にあった、非常停止ボタンを躊躇いなく押す。

 ブーーーーー。

 駅中に、ブザーのようなビープ音が響く。

 次の瞬間、ボタンを押した彼と目が合った。

 あれ?

 整った顔になんとなく既視感があったが、それが誰かを思い出す前に、彼は手に持っていた黒革のビジネスバックを私にぐいっと押し付けた。

「これを頼む」

 すると、彼はホームの端まで走って行く。

「あの、ちょっと!」

 声を掛ける間もなく、彼はホームの先端で入線してくる電車に大きく両腕を振った。
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