クールなエリート外交官の独占欲に火がついて 〜交際0日な私たちの幸せ演技婚〜
 え?

 驚き固まっていると、女の子は急に私に背を向け走り去り、暗闇へと姿を消していった。

「スマホ、スられるぞ」

 振り向いた先には、祐駕くんがいた。手には、私のスマホを持っている。

「今の子、スリなの?」
「ああ、おそらく」
「でも、あんなに小さな子が? 私、ただ時間聞かれただけだよ?」

 言えば、祐駕くんは顔をしかめる。

「なんで東洋系の顔の映茉にわざわざ聞いたのか、考えなかったのか? そもそも、映茉はドイツ語が分かるのか?」
「あ、そういえば英語と日本語だった……」

 祐駕くんはため息を零し、私に持っていたスマホを手渡した。

「こういうスリの手口が最近増加してる。ミュンヘンは比較的安全な街だが、この時期は観光客も増えるから、スリも増えるんだ。気をつけろ」
「分かった。ごめん」

 けれど、何となく胸の中がモヤモヤしてしまう。あんなに小さな子が、スリだなんて。

「貧富の差は、時に人を狂わせる。国同士の差も、同じことなのかもしれないな」

 私は相当顔を歪ませていたらしい。祐駕くんはそう言うと、私の肩をポンと叩いた。
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