クールなエリート外交官の独占欲に火がついて 〜交際0日な私たちの幸せ演技婚〜
「ありがとうございました!」

 救急隊が去って行き、駅長が入線許可を出している間。私は、共に救護をしてくれた男性に頭を下げていた。

 たかが十数分の出来事。けれども、とても長く感じた。
 私一人じゃ助けられなかった命を、彼が助けてくれた。

「いや、いい。鞄、ありがとう」
「あっ!」

 慌てて手にしていた鞄を手渡す。

「あの、お礼をさせていただきたく――」
「悪い、この電車に乗るんだ」

 彼は入線してきた、旭飛の運転する電車を指差す。

「あの、では連絡先をお伺い――」

 言いかけた私に、彼は胸ポケットから名刺を取り出し差し出した。私がそれを受け取ると、彼はくるりと身をひるがえす。

「じゃあな、咲多」

 彼はそう言うと、片手を上げて電車に乗り込んでゆく。

 え、呼び捨て――。

 と、思ったときには発車ベルが鳴っていた。慌てていつもの定位置を向くと、駅長がそこに立ち車掌に合図を送っている。
 しばらくして、乗車ドアは閉まっていった。

 駅長は動き出した電車を見送り「次はよろしく」と駅員室へ戻っていく。私は、ふう、と息を吐き、気持ちを落ち着けてから、先程もらった名刺に目を移した。

 金箔に押された桐のマークに、『外務省』の文字。在ドイツ日本国二等書記官という肩書の彼は――

「嘘、持月(もちづき)くんだったの!?」

 持月祐駕(ゆうが)
 ――私の、高校時代の同級生だった。
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