《番外編》愛し愛され愛を知る。
出逢い《理仁side》
 あの出逢いが俺の人生を変える事になるなんて、思いもしなかった。

 人生何が起こるか、本当に分からないものだ。




「――という訳で、その件に関しては今話しをした通りだ。周知を頼む」

 諸用で繁華街に足を運んでいた俺は、自宅に居る部下に指示を仰ぎ電話を切った。

(相変わらず、やる事が多いな……)

 仕事の他にいくつかやらなければならない事が重なり、考え事をしながら歩いていた俺はもう一件電話をしなければならない事を思い出して再びスマホに目をやりながら歩いていた。

 すると、向かいから一人の女がスマホと小さい紙のような物を見ながら歩いて来るのが見えたのだが、相手は完全に前を見てはおらず俺の存在に気づいていなかった事、俺もよそ見をしていて気付くのが遅れたせいでぶつかってしまう。

「悪い、大丈夫か?」
「あ、はい。こちらこそ、よそ見していたもので……」

 ぶつかった女は見たところ十代後半から二十代前半くらいだろうか。経済的に少し余裕が無いのか、ただ単にお洒落に無頓着なだけなのかは分からないけれど、モデルや女優にも負けず劣らずの美人だというのに身なりに気を使ってないのが凄く勿体なく残念に感じられる。


 ふと足元を見ると先程彼女が持っていた紙のような物が落ちていたので拾い上げるとそれは一枚の名刺で、そこには見覚えのある名前が記されていた。

「ほら」
「ひ……拾ってくれて、ありがとうございます……」

 その名刺に記載されている名前の人物はあまりいい噂のない輩で、どんな仕事をしているかも知っているだけに、何となく見て見ぬふりが出来なかったからなのか気付けば俺は、

「おい」

 立ち去ろうとする彼女の腕を掴み呼び止めていた。

「えっと……何か?」
「……お前、そいつの紹介で働くんか?」

 突然呼び止められた女は驚きの表情を浮かべながら俺の質問に首を傾げている。

「……え……?」
「それだよ、それ。お前が持ってる名刺、スカウトマンのだろ?」

 確かに、いきなり過ぎたし言葉が足りなかったと反省しながら、俺は彼女が手にしている名刺を指差して再度問い掛ける。

「あ、はい……仕事を探しているので……。それじゃあ、失礼します」

 名刺の話だと分かった女は質問に素直に答えると再びその場を去ろうとするが、

「そいつはやめた方がいい。キャバクラ紹介するとか上手い事言って、最後は風俗に連れて行くから」
「……え?」

 去り際、名刺に記載された人物の素性を明かしてやると、女は足を止めて再び俺に向き直った。

「……それ、本当ですか?」
「ああ、間違いない」
「……そう、ですか……。教えてくれてありがとうございます」

 恐らく彼女は名刺の人物に連絡をとるつもりだったのだろうから、その前にどんな相手かを教えられたら喜ぶのが当然の反応だと思うのだが、どういう訳か女の反応は寧ろその逆で俺はそれが酷く気になった。

「何で浮かない顔をするんだ? そんなにキャバクラで働きたいのか?」
「いえ、違うんです。別にキャバクラで働きたい訳ではなくて……その、お給料が良くて住み込みか寮が完備されている場所を探していて……そんな条件が揃うのは水商売かなと思っただけなんです」

 水商売に就こうと思う奴は大抵金に困っているのは周知の事実だが、俺が思うにこの女、明らかに水商売向きでは無い。なんて言うか常にオドオドしているし、酒にも弱そうだし、口下手な感じもするから。

 ただ、そんな人間はこれまでにも数え切れない程出逢っているし、そもそも俺には関係の無い事だ。

 いつもならば、それで終わっていた。

 だけど、何故だがこの女の事は妙に気になったというか、どうしてか放っておけなかったのだ。
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