《番外編》愛し愛され愛を知る。
「……そうか、それなら俺が仕事を紹介する。どうだ?」

 正直、そんな台詞が自身の口から出た事に驚きもしたが、力になってやりたいという思いが勝っていたのだろう。言った手前、後には引けなくなる。

「え……? で、でも……」

 突然の提案に驚く彼女をよそに、俺は話を続けていく。

「給料は……そうだな、月に百万でどうだ?」
「百万!?」

 給料に関しては特に考えていなかったが、聞いたら誰もが驚くべき金額を提示してやった。

「ああ。しかも住み込みだ。悪い話じゃないだろ?」

 自分で言った事ではあるが、住み込みで月に百万という普通なら有り得ない話、逆に怪しくて断りそうなものだが、表情から彼女は揺らいでいるようだ。

(とは言え、いくら金に困っていても、これは流石に怪しむのも当然か)

 悩む彼女に俺は、あくまでも怪しい者ではないと念を押して素性を明かし、出来る限り不安要素を取り除いてみせる。

「俺は鬼龍(きりゅう) 理仁(りひと)。言っておくが、お前が思ってるような怪しい奴とは違うし紹介する仕事は怪しいものじゃねぇ。とは言っても完全に不安を取り除ける訳もねぇか。まあ、少なくとも風俗に売ったり、危険な事をさせる訳じゃねぇから安心しろ」

 しかし俺の素性を聞いていくらか不安が和らいだのか、ほんの少しだけ警戒心が解かれているのを感じる。

「……私は神宮寺 真彩と言います。どんな仕事でも頑張ります! 一生懸命働きます! どうぞよろしくお願いします!」

 そして悩んだ後、俺の条件を飲む事に決めたようだった。

「それじゃあ真彩、早速行くぞ。住み込み希望って事だが、今のお前の身軽さからすると、荷物は何処かに纏めて置いてあるのか?」
「あ、はい。近くのビジネスホテルを借りていて、そこにあります」
「じゃあまずはその荷物を取りに寄ってから行かないとならねぇな」
「あの……行くって何処へ……」
「俺の屋敷だが」
「鬼龍さんの……?」
「理仁で良い。お前の仕事は屋敷の家事全般だからな。屋敷に来ないと仕事にならねぇだろ?」
「え? 私、家政婦として雇われるって事ですか!?」
「何だ、嫌なのか?」
「い、いえ、そうではなくて、その……月収額からして、水商売の類かと思ったものですから……」
「そうか。まあ本気でそっち方面で働きたいなら止めはしねぇが、お前は違うだろ? それに正直俺はお前に水商売は務まらねぇと思ってる。だから家政婦が妥当だと判断した」

 どうやら真彩は家政婦として雇われたとは思っていなかったらしい。まあ俺の外見からすると、あの名刺の男と差程変わりは無いだろうから仕方ない。

「あの、一つお話しなきゃならない事があるんですけど、いいですか?」
「何だ?」

 真彩は他にも言いたい事があるようで、俺がそれに耳を傾けると、

「実は私、バツイチ子持ちで……子供を今、託児所に預けているんです。住み込みで働く際、一緒に住まわせてもらっても大丈夫でしょうか?」

 思いもよらぬ突拍子のない言葉が出て来た事で、一瞬耳を疑いそうになった。

 正直、見た目からして真彩自身まだ子供のように見えたものだから、子供がいるという事に驚いた。けど、それと同時に真彩が水商売に手を出そうとしていた理由が判明し、全ての合点がいった。

「構わない。早速迎えに行ってやれ」
「ありがとうございます!」

 俺の返事に安堵し、ようやく笑顔を見せた真彩。不覚にも、その笑顔に胸の奥がザワついてしまう。

(何だ、この妙な感覚は……)

 そして、これまでに感じた事のない感覚の意味を知るのはまだ少し先の事だが、この時から俺は、真彩の事が気になっていたのだろうと思った。



 ―END―
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