俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う
「土屋 清香さんと言って、……羽禾さんもよく知ってる人だよ」
(土屋……清香?それって、私の後輩の?!)
ITデジタル大臣も兼任していることもあり、田崎がテレビ局に来ることは多々ある。
息子である雅人も帯同して局入りしたことは何度かあるが、一体どこで彼女と知り合ったのだろう。
「彼女の父親である土屋専務に、雅人が気に入られてしまってね」
「……あぁ」
羽禾が勤務するスカイテレビ(STV)の専務取締役、土屋 啓介(59歳)。
その娘、清香(24歳)は羽禾の2年後輩の若手アナウンサーだ。
コネ入社という噂もあるが、明るくて愛らしいキャラでじわじわと人気が出始めていて、最近ではバラエティー番組でひっぱりだこなくらいだ。
国会議員と重役の一人娘。
絵に描いたような二人が目に浮かぶ。
しかも、美男美女だ。
愛し合っていても、必ず幸せになれるとは限らない。
彼と付き合う時に何度も自分自身に言い聞かせたのに。
2年の歳月が、あの時の純粋な心を風化させてしまったようで。
恋人の父親から別れを突き付けられているのに、どこか他人事のように感じていた。
「羽禾さん?」
「あ、……はい」
気が動転してというより、やっぱりこういう結末は避けられないのね、という諦観の境地。
泣き喚くことも、縋り付くことさえもできない。
私にできることは、取り乱したりせずに潔く身を引くこと。
……不本意だけれど。
「1つだけ、我が儘を言ってもいいでしょうか?」
「……何でも言ってくれ」
「この部屋は新居にせずに、処分して下さい」
「……分かった。約束しよう」
羽禾は、バッグから取り出したマンションの鍵を卓上に置き、深々とお辞儀をして部屋を出た。