俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う
**

「うおっ、幽霊かと思っただろッ」
「……お疲れ様です」
「その顔、何とかしろ。……放送事故になるぞ」
「……すみません。冷やしながら、原稿チェックします」

 深夜1時過ぎ。

 同じアナウンス部の先輩アナウンサー工藤(くどう) (おさむ)(32歳)が、夜のニュース番組の反省会を終え、一息ついていたところに出勤して来た羽禾だが、その顔は、もはや見れるようなものではなかった。

 正直、どうやって帰宅したのかすら覚えていない。
 待機していたハイヤーには乗らずに、神楽坂の料亭を後にしたのは憶えているけれど。
気づけば目覚ましアラーム(0時セット)が鳴り響いていて、ハッと我に返ったくらいだ。

 目元を保冷剤で冷やしながら、前日の夕方から深夜にかけて放送されたニュースをチェックする。
 どんなにプライベートがごたごたしていても、それを公共の電波に乗せていいものではない。

「あの、工藤さんっ!3時間前に地震があったんですか?」

 手元の資料を見て、心臓が飛び出しそうになった。

 アナウンサーとして常に最新の情報を扱うのは当然で、事故や事件、天災などは常にアンテナを張って情報収集するのが鉄則なのに。
たかが失恋したくらいで、職務を放棄していたのと同じだ。

「震度2だから、寝入ってたら分からないこともあるだろ」
「……っ」

 普段なら爆睡している時間帯だけれど。
 昨夜は完全に起きていたのに。
 
「幸いにも、今のところ被害は出てないようだから」

< 12 / 180 >

この作品をシェア

pagetop