俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う
動き出した車の中では他愛ない会話が続く。
こういう何てことない日常が、最高の至福なのだと羽禾は改めて感じた。
「運転代りましょうか?」
「いいよ。疲れたら寝ていいからな」
「寝るだなんて勿体ない」
この人と過ごせる時間全てが宝物だ。
残り僅かな日々をこの目に、心にしっかりと焼きつけておかなければ。
「ホテルだと目立つから、ポールの知り合いのペンションなんだけどいい?」
「はい。私はどこでも大丈夫です」
『泊りで出かけよう』と言われて、羽禾は涙が出るほど嬉しかった。
けれどそれと同時に、彼の心にまた1つ傷をつけてしまうことを悔やんだ。
1秒でも多く一緒にいたいけれど、それが自分の我が儘だと分かってるから。
イギリスでは超有名人の瑛弦だから、できるだけ人目につかない場所を選ぶようにしている。
今までは『スクープされたら名が売れる』と言っていた彼が、今は当たり前のようにパパラッチの目をかいくぐって行動している。
それらが全て、自分のためなのだと羽禾自身も分かってる。
その場限りの女性を相手にしてた時はリークされても『知らない女』で通せたが、今は違う。
仲間内には羽禾を『大事な彼女』だと公言してるほどで、アナウンサーという職業柄、イメージを大事にしてくれているようだ。
*
辿り着いたのは庭の広い可愛らしいペンション。
ビーチがすぐ目の前にあり、雄大な景色が庭からも臨める。
「オフシーズンだから貸し切りだって。ゆっくり過ごせるな」
夏がハイシーズンのコンウォール。
人目が無いのは何よりも嬉しい。