俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う

 ポールの旧友だというオーナー手作りのピッツァは絶品で、新鮮な魚介類を使ったパスタにも舌鼓を打った羽禾は、ホールの一角にあるオルガンで御礼の曲を奏でた。

「お前、何でもできるんだな」
「今時のアナウンサーは、何でもできないとお払い箱なんですよ」
「マルチタレントじゃん」
「惚れるでしょ~」
「フッ、確かにいい女すぎて惚れるな」

 瑛弦のお忍び旅行とでもポールから話が伝わっているのか。
 食事の時以外は2人きりになれるように、気を遣ってくれているようだ。

「羽禾、厚着して」
「へ?」
「散歩行くぞ」
「……はい」

 夜になるとぐっと気温が下がる。
 もこもこのダッフルコートを着ると、瑛弦がマフラーをあしらってくれ、優しい眼差しで手袋もはめてくれた。

「至れり尽くせりですね」
「うるせぇ、……ん」

 照れを隠すように逸らされた視線。
だけど、差し出された彼の手から、優しさが溢れ出してる。



 プライベートビーチを見下ろすようになっている小高い丘。
 枯れ草が足下を邪魔するが、それさえも思い出の1つだと思ったら、全てが愛おしく思える。

「今日は満月なんですね」

 海面に月が浮かび、外灯がないのにお互いの顔がはっきりと見えるほどに明るい。

「ん?……何ですか、これ」
「お前にやる」
「……鍵?」
「これはイギリスの家の鍵、こっちのはドバイの。これはシンガポールの」
「……」
「何で嫌そうな顔すんだよ」
「……嫌だなんて言ってないじゃないですか」
「じゃあもう少し、嬉しそうな顔しろよ」
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