俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う

 青天の霹靂とはこういうことを言うのだろう。

 彼女の父親である土屋専務に彼が気に入られ、俗にいう政略結婚なのだと疑わなかった。
 だから、自分自身で折り合いをつけようと思っていたのに。

(どういうこと?彼が浮気したってことだよね?いつ、どこで?どうして?)

 答えの出ない難問を解いているみたい。
 脳内がぐちゃぐちゃになって、周りの雑音ですら耳に届かない。

 だって彼は、『愛する人の子供が欲しい』という私の夢を知ってるのに。


 幼い頃に母親を事故で亡くした羽禾は、父娘で手を取り合って生きて来た。
母のことを今でも愛している父は後妻を迎えることなく、生涯母だけを愛すると断言するくらい溺愛している。

 そんな父親が、若かりし頃の母の写真を愛おしそうに見つめ、母の武勇伝をたくさん話してくれた。

 いつもは自信がなさそうにしているのに、他人のためには感情を露わにして立ち向かう姿は、優しさの塊のような人だったと。
 幼すぎて、殆ど記憶がないけれど。
 亡くなってもなお、こうして長い年月愛され続ける母に嫉妬したこともある。

 だけど、今は自分自身も大人になって分かる。

 大好きな人の子供が欲しいと思って貰えるほど、愛されたい、愛したいのだと。

「あ、そうだ。青山のマンション、来週には引き払う予定なので、先輩の荷物、ご自宅に送っておきますね」
「ッ?!!」
「じゃあ私、打ち合わせがあるので、失礼しまーす」

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